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王太子と婚約しましたが、私には愛する人がいるのです

中編

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「公爵令嬢ミュランシェ、俺はお前との婚約を破棄する! そしてこのエルザ侯爵令嬢と婚約する!」
「そんな……」

 呆然とする私の前で王太子は冷酷な言葉を告げる。彼の横には下卑た笑みを浮かべる女が一人。
 現在私は学園の三年生でもうすぐ卒業を控えている。卒業後は、一年間の厳しい王妃教育があり、王太子が卒業するタイミングに合わせて結婚することとなっていた。
 だが今日、私達三年生の卒業パーティーでことが起こる。あろうことか、王太子が一方的に婚約破棄を宣言したのだ。

 なぜと問う必要はないのだろう。だって王太子が言ったではないか、別の令嬢と……横に立つ女と婚約すると。
 学園に入ってからの王太子の素行は目をおおうものだった。何に目覚めたのか、次から次へと女をはべらせ、とっかえひっかえ。毎日のように横に立つ女性は変わった。
 令嬢達もまた、私という婚約者の存在を知りながらもなお、王太子のせめて愛人になれればと必死に媚びを売っていた。そして王太子はそれに応えるのだ。

 別に愛人などどうでも良かった。王に側室なんて普通のことだ。叶うならば側室とだけ関係をもって、子をなしてくれれば良いとさえ思った。
 私は形だけの王妃で良いのだと思っていた。愛する人を思い続けながら、陰から見守る彼と共にあれればそれでいいと。

 そこへ予想外の言葉を投げつけられた。

「婚約破棄?」

 なぜ。どうして。そんな疑問だけが頭に浮かぶ。
 なぜ今なのかと、今更なのかと。なぜもっと早くに破棄なり解消なりしてくれなかったのか。
 そうであったなら、私はきっとブレイズと一緒になれただろう。婚約破棄された女の末路など哀れなものでしかないから。なればこそ、平民のブレイズと一緒になることも夢ではなかったろうに。

「どうして……」

 悔しくて顔を覆った。そんな私の頭上に笑い声が降って来る。

「ははは、ミュランシェよ、そんなにも俺のことを好いていたか!? だが残念だったな、お前など俺の横に並ぶにふさわしくないのだ! 見た目は美しいが性根の腐ったお前なぞ、俺の横に並ぶ資格もない!」
「性根が腐っている……?」
「お前、俺と共にいる女どもをずっと虐げてきたな?」
「それは……」

 なんのことでしょうか。問うたところで無意味と悟る。だって王太子は笑っているから。横に並ぶエルザ嬢も笑っているから。
 その笑みは、決定していることへの笑いだ。私を追いやることに喜びを感じる笑みは、真実などどうでも良いと告げている。
 つまりはそういうことだ。
 嘘を並べて私を陥れ、婚約破棄を正当化させる。
 それこそが王太子の狙い。

 理解し、私は涙を拭って顔を上げる。背筋を伸ばして王太子を見上げた。

「分かりました。婚約破棄をお受け致します」
「ふん、お前に選択権などない」

 もっと早くに破棄してほしかった。だが遅すぎるなんてことはないのだ。まだ結婚前で良かったではないか。純潔のままで終われて良かったと心から思う。

「では今夜、王城へと来い。破棄とはいったが手順をふまねばならぬからな」
「それはまた……」

 急だなとは思えど、私としては早いにこしたことはない。

「早く破棄したいのだ、拒否は認めぬ」

 王太子もまた同じ思いらしい。

「色々と書類の準備があるので、夜、日付が変わる頃に来るように」

 そう言って、王太子はエルザ嬢と共に会場を後にした。残された学生は大騒ぎ。
 かくして卒業パーティーはひどい終わりを迎えた。

 帰宅した私からの報告に、父は「なんと非常識な!」と怒りをあらわにする。父としては公爵家の繁栄のためとする婚約であったのに、とんだ期待ハズレもいいところ。

「なぜもっと王子の気を引かなかったのだ!」

 怒りの矛先は理不尽に私に飛び火する。だが私は父の怒りなどどこ吹く風だ。

「婚約破棄となった私はもう価値はないと思われます。これからは自由にさせていただきますね」
「それは……」

 私の言葉に絶句する父。どれだけ怒りを私にぶつけようと、決定事項はくつがえらない。王太子の決めたことに異を唱えたところで、意味をなさないことくらいは父にも分かっているのだろう。

「まず一度、国王様達と話をして……」
「どうせ今夜にでも王城に行くのです。それからでも良いではありませんか」
「それにしても今夜とは急な……」
「あのかたも早く婚約をなかったことにしたいのでしょう」

 それはけしてエルザ様への愛からではないことくらい分かっている。あのかたは私に一目惚れした。私は自分でも分かるくらいに幼い頃から美しい顔立ちをしている。それで損したことはあっても得をしたことはない。王太子に一目惚れされるなんて、とんだ迷惑な顔だから。
 いや、ブレイズはこんな私を愛していると言ってくれるのだから、疎ましく思ってはいけないのだろう。ただブレイズならば、私がどれだけ醜い顔をしていたとて愛してくれるだろうが。王太子は所詮私の中身ではなく外見に惚れただけのこと。

 飽きたら捨てる、それが今の結果だ。

 ただおそらくあの方は私に飽きたわけではない。どれだけ私に愛を囁いても、私がそれに応えないことに痺れを切らしたのだ。
 他の女性ならば、エルザ嬢でなくとも、誰もが王太子をチヤホヤしてくれる。愛の言葉を女性からかけてくれる。そのことに、入学して初めて王太子は気付いたのだ。それゆえの女遊び。それゆえの婚約破棄。

 気まぐれという言葉が頭に浮かんだ。

 婚約と同じく破棄も突然。だがこれまで私に執心していたあの王子が、今更本気で他の女性にいくとも思えない。ひょっとしたら婚約破棄を破棄なんてとんでもないことを言い出しかねない。

 なら早く正式に婚約を無しにしてもらわねば。正式な書類の元でなら、いくら王太子とてこれ以上のワガママは通らないであろう。
 早く夜中になれと窓の外を見る。そこにフッと人影を見つけて、私は窓から離れて父の執務室を出ようとする。

「どこへ行く? 話はまだ──」
「お父様。先ほども申しましたが、私の今後は自由ということでよろしいでしょうか?」

 突然の問いに、父の眉が上がる。

「それはどういう意味だ?」
「どこぞの適当な貴族に嫁がせるというのも無理があるでしょう? なにせ私は元王太子の婚約者……ですので、対外的には修道院に行く事にしてくださいませんか」
「つまり本当は修道院に行かないと?」

 もちろんですと頷く。

「私は……平民となり、ブレイズと共に行きます」
「……なんだと?」
「修道院でなくても結構です。死んだということにしていただいても構いません。ただ私を放っておいてください。どうか愛するあの人と共に行く事を止めないでください」

 最後の親心として、私を自由にしてください。
 そう言えば、父は目を見開いた。

「ああ待ちきれない、早く婚約破棄を正式にしたい。お父様、私先に行きますね」
「待て、ミュランシェ!」

 はやる気持ちを抑えることなく、私は制止の言葉を振り切って部屋を出た。
 馬車に向かうフリをして、公爵邸の裏庭へと向かう。

「ブレイズ」
「ここに」

 声をかければ、闇の中からスッと姿を現す愛しい人。
 迷わず駆け寄り、その胸に飛びこんだ。

「やっと一緒になれるわ」
「ええ、お嬢様」
「愛しているわブレイズ」
「僕も愛しております、お嬢様」

 温かい笑みと言葉に安堵し、私は体を離して馬車へと向かう。
 もうすぐだと心がはやる。
 もうすぐ、私はブレイズのものとなる。共に日の光の下で生きていける。

 心弾ませる私を乗せて、公爵邸の馬車は王城へと向かった。
 それを部屋の窓から見送る人物──父の呟きも知らず。

「ミュランシェ、お前……ブレイズと行くだって? それは一体どういう……」
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