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令嬢は婚約破棄を受け入れない~「あなたは私のもの」と囁くのは誰?
後編
しおりを挟む翌日私は王城から呼び出された。それは予想通りで予定通り。
通されたのは玉座の間ではなく、単なる応接室。つまりは公式での呼び出しではないことを示唆している。
「国王陛下におきましてはご機嫌うるわしゅう……」
「ああ、堅苦しい挨拶は抜きにしようではないか、カリタナ。急な呼び出しすまないね、よく来てくれた」
「お呼びとあらばどんなことを差し置いてでも参りますわ」
ニコリと微笑みかければ、困ったような笑みが返された。
国王は明らかに困っている。そして私の正面……上座に座する王の横で苦虫を嚙み潰したような顔で立つのは、我が愛しの婚約者、バルバード王太子だ。
「こたびは愚息がとんだことをしでかし申し訳ない」
「父上!?」
国王の行いに顔色を変えたのは王太子。まさか一国の主が、ただの貴族令嬢に頭を下げると思わなかったのだろう。
もちろん公式の場でならば有り得ないし、私も慌てて制止することだろう。だが今現在は非公式の場であり、部屋に居るのは国王と王太子と私の三人だけ。ならば止める必要はないと私は黙って国王の行いを見ていた。
いや違う。
今の国王は王ではない。ただ一人の父親、バルバードという愚かな息子をもつ、苦悩する父親だ。
「なぜ父上が頭を下げるのですか!? 悪いのは全てこの女なのです! 私の婚約者という立場を悪用して、我が愛するダリアを虐げたこの女が!」
「何度も申しますが、わたくしには身に覚えのない話でございます」
「黙れ! 貴様の戯言を誰が信じると言うのか!」
私の静かな反論に、大声でわめく王太子。
愛しくも愚かで、美しくも醜い婚約者。それを私は目を細めて見つめる。うっすら微笑みを浮かべる様は、きっと妖艶なまでにその目に映るであろう。案の定、王太子は一瞬私の笑みに見惚れる。
私の顔を見て頬をうっすら赤らめたのを、私が見逃すとお思いで?
だがそれでも王太子の気持ちは揺るがない。これはもはや意地だ。彼の中では愛するのはダリアただ一人。私は親が決めた婚約者にすぎず、自分が選んだ相手では無いから愛すべき相手では無いのだ。
ああ、なんて愚かで愛しい存在なのかしら。
彼は気付いていないのだ。最初はただの感情を伴わない関係だったかもしれない。だが共にあれば嫌でもその感情は芽生えたのだ。
──そう仕組んだのだ。
彼が私を愛するように。
彼が私しか見ないように。
私こそが彼にとって必要な存在。
不可欠な存在。
だがそれを信じたくない彼は、ダリアに逃げた。受け入れたい現実からの逃避にダリアを選んだ。
「私は忘れない、ダリアが頬を赤く腫らして泣きながら私に訴えた様を! 貴様に理不尽に頬をぶたれたと彼女は言ってきたのだ!」
「自作自演という言葉をバルバード様はご存知ですか?」
真っ赤になって訴える彼に、私は静かに問うた。
「私がダリア嬢を虐げている様子を、あなた様はご覧になったのでしょうか?」
「そ、れは……見ていない」
そこで嘘でも『見た』と言えば、ことは自身に有利に運んだであろうに。王太子である彼の言葉は、王の次に絶対なもの。嘘でも真となりうるというのに、けれど彼は馬鹿正直に言うのだ。真実を話すのだ。
愚かで、だからこそ愛しい。
「私は確かに現場を見てはいない。だがダリアが──」
「もうよい!」
王太子の言葉を遮ったのは、父君たる国王。それに逆らうことは息子には出来なかった。国王の一喝で、王太子は口をつぐむ。
「もうよい、バルバード。お前の言葉にはなんら証拠もなく証言もなく筋が通っておらぬ」
おそらくは周囲の人間に聞き込みを終えているのだろう。昨日の今日でさすが国王、仕事が早い。そして王はダリアの言葉を裏付ける確固たる証拠を見つけられなかったのだ。
ならば出る結論は一つ。
「ダリア嬢の妄言は大罪だ。公爵家が令嬢であるカリタナ嬢への侮辱はもちろんのこと、王太子の婚約者である彼女への行為はそれすなわち王家への詐欺行為」
「父上!? ダリアはけして嘘など……」
「黙れ! それ以上申せば、お前の王位継承権を剥奪するぞ!」
「な……」
王位継承権の剥奪。その言葉に王太子の顔は真っ青になった。
「それでも構わないと言うのなら発言してみせよ。よいではないか、そうなればカリタナ嬢との婚約ははれて解消となるぞ? さすればお前は愛するダリア嬢と問題なく一緒になれるというもの」
「……」
そこで発言するならば王太子の愛は本物と言えよう。
だが彼は発言しない。青ざめたまま口を閉ざす。それはつまり、そこまでしてダリア嬢との愛を貫く意思はないということ。
所詮はその程度の愛なのだ。
「黙れと言ったが発言を許そう。というか答えろ。どうするのだ、このままダリア嬢と共にあるために王位継承権を放棄するか、もしくはこのままカリタナ嬢との婚約を継続するのか」
答えろ。
もう一度王は問う。
ややあって、唇を震わせながら王太子は「カリタナとの婚約を……継続します」と言うのだった。
それに国王は一度大きく頷き、項垂れる王太子から視線をはずした。視線が向かう先は私。
「申し訳なかったカリタナ嬢。とんだことに巻き込んでしまい……」
「いいえ、お気になさらず。わたくしはなんら気にしておりませんので」
そう言ってニコリと微笑めば、王は明らかに安堵した様子を見せる。
それはそうだろう、我が公爵家はこの国において重要な立ち位置にある。
仲の悪い隣国と隣り合った我が領土は、国の端にありながら国を守る最も重要なかなめ。その軍事力は強大で、だからこそ隣国もけして攻めてはこない。それゆえ我が公爵家と懇意にしておきたい王家との婚約がなされたのだ。
私の気分を害するということは、それすなわち私を溺愛するお父様を敵に回すということ。イコール、隣国の脅威から守ってくれる存在を手放すこととなる。
我が公爵家が隣国にくみすれば、この国は攻められあっという間に滅ぼされるだろう。それほどに隣国は強大で、我が公爵家はそれを抑えられるほどの力を持っているのだ。
なぜたかが一介の貴族がそれほどの力を持っているのか。
そんなことは私も知らない。
ただ我が家は古くからあの地にあったのだ。
常に前線にある領土であればこその、軍事力。それが徐々に膨らみ大きくなり強くなり、そして今の形となったのだ。
その気になれば、この国から独立することだって可能。それほどに大きくなっている。
婚約は王家の切望によるもの。それを王家から反故にしたとなれば……まあどうなるかなんて馬鹿でも分かる。
分からないのは馬鹿以下な王太子だけ。
深々と頭を下げる国王を冷たく見下ろして、私はその横で青くなる王太子に目を向けた。
フッと力なく王太子が顔を上げる。
バチッと視線が合う。
私はニコリと微笑む。
彼は頬を赤らめる。
ああ愛しい。
ああ愚かしい。
ああ悲しい。
ああ喜ばしい。
この感情をなんと言うのか、それを私は知っている。
凶愛
狂愛ではない。それは単に熱狂的な愛情でしかない。そんな陳腐なものと一緒にしないで欲しい。
私の愛は真に狂っている。
災い、不吉……凶なる愛。それが私の愛。
間違っていると思わない、正すつもりもない。ただ彼は私の愛を一身に受けて、ずっとずっと受けて……そして狂ってしまえばいい。この国を滅ぼしかねないほどに私に狂えばいい。
きっと彼は最期に私に囁くだろう。
「あなたは私のもの」
その瞬間はきっと来る。確信をもってそう思える。
だって私は虐げたから。
ダリアの言葉は本当だから。
私は彼女を虐げた。愛しい人のそばにいるあの女を虐げた。
寒い雪の日に水を全身にかけ、外へと放り出した。氷がうっすら張る池に突き落とした。
階段から彼女を見下ろし、突き飛ばし落とした。
教科書を破るなんて生温い、目の前で燃やしてやった。
全てを私は笑顔でやってのけた。
あの女に笑いかけてやった。
それを誰も見ていない場所でやった。そんなことは私には造作もないことだから。
そして彼女はもういない。
王太子は気付いているのだろうか。昨日の婚約破棄の件から、ダリアの姿が見えないことを。
いいや彼はまだ気付いていない。そしてこれからも気付かない。
誰もがダリアを忘れるだろう。あの女の存在など、すぐに記憶の彼方に消し去ることも、これもまた簡単なこと。
離さない渡さない、王太子は私のもの。
愚かで愛しくて美しくて愛らしくて馬鹿な男。
私の愛玩物。
誰にも渡さない。
「あなたは私のもの」
そう囁くのは誰?
~fin.~
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