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 目を開いて眩しさに目をしかめた。
 状況が呑み込めない。

 確か私は──そうだ、闇の森に連れて来られ、置き去りにされたのだ。
 徐々に頭がハッキリして、記憶が戻る。

 呆気なく魔物と遭遇して襲われて、必死で逃げたけれど、そのまま──

 では私は死んだのだろうか?

 今居る場所があまりに明るくて。
 常に夜の闇の森では有り得ないと思ったから、きっとそうなんだろう。

 それに、ほら。
 私は自身の体を包む、柔らかくて温かい感触に確信をもつ。

 こんな手触りのよい、気持ちのよい毛布に包まれているなんて。もうここは完全にあの世でなくてはおかしい。

 そう思って思わず「お母さま……」と呟いてしまった。

 もしここが天国ならお母さまがきっといるはずだから。

 ああでも私なんかが天国に行けるのかしら。もし本当にここが天国なら涙が出るくらいに嬉しいのだけれど、私にその資格があるのか……不安になった。

 その時。

「ごめんね、お母さんじゃなくて」

 苦笑交じりの声が、耳をついた。

 声のした方を見て……驚いて、ガバリと私は体を起こした。

「貴方は……!」
「良かった、元気そうだ。何か温かい物でも飲むかい?」

 白とも見紛う眩しい銀髪に。そしてその瞳。黄金の光をもった、その瞳は確かに見覚えがあった。

「貴方は、あの時の……」
「うん。無事で良かったよ、魔女のお嬢さん」

 そう言ってニッコリ微笑んだその人は。
 確かにあの時、私に水をくれた男性だった。




※ ※ ※




「う~ん、お、重い……」

 何か手伝いたいと思うのだけど、自分はこんなにも無力なのかと痛感させられること、早1ヶ月。

 私は収穫した果実を入れた籠に悪戦苦闘していた。

「少し穫りすぎたかしら……でもルポーの実はすぐに熟して落ちてしまうし……」

 美味しいけれど収穫時期が短い実を前に、さてどうやって持って帰ろうかと思案していたら。

 ヒョイと持ち上げる手。

「まあ、有難う、ベルグト!」

 熊のような体躯に狼よりも大きな口、手が四本あるその魔物はベルグトと言う。そう、1ヶ月前、私を襲ったあの魔物だ。

 その魔物が従順に私の側に付き従って常に私を守ってくれてるなんて、あの時の私に想像できただろうか。

 器用に二本足でドスドスと歩きながら、ベルグトは籠を運んでくれた。おかげで思ったより早く帰って来れた。

 森の奥深く。もうここが何処に位置するのか分からない場所で。

 森が急に開けた。

 そこには惜しみなく日が降り注ぐ。
 木々は青々と生い茂り、小鳥たちがさえずり……美しき花が咲く。

 その中心にこぢんまりとした木の家が立つ。

 その家の前。小さな切り株に座る存在。その周囲に、この森の何処に居るのかと思うくらいに動物たちが集まっていた。

 ピーッと澄んだ、耳に心地良い音が響く。彼が奏でる笛の音を皆が聞くその姿は、どこの楽園かと思うような神々しさが漂っていた。

「ガウ……」
「あ、ごめんねベルグト。そこに置いてくれる?運んでくれてありがとう」
「リーナ!」

 ベルグトに籠の置き場を伝えて振り返れば、いつの間にかそばに彼が来ていた。

「ただいま、スピニス」

 スピニス──闇の森の主。その姿は到底闇の森の住人とは思えない。
 白磁の肌に整った顔立ちは中性的で、けれどどこか男らしさを感じさせる。この世界では珍しい銀髪に見たこともない金の瞳。

 まるで神話に出て来る神のよう。

 その彼が今、私を心配そうに見つめていた。

 あの日、魔物──それは今や私を守護してくれているベルグトのことだけど──に襲われているところを助けられ。

 そのまま此処に住まわせてくれた彼、スピニス。

「わざわざ果実を採りに行ってくれてたの?言ってくれたら私も手伝ったのに」
「いいの、私に出来ることは少ないから……それにベルグトが手伝ってくれたの」
「そうか、ありがとうベルグト」

 そう言ってスピニスが頭を撫でると、嬉しそうに喉を鳴らすベルグト。

 どの魔物も獣もこうだ。誰もがスピニスを慕い、彼の元へと集う。

 ──彼の正体を知れば、それは当然なのかもしれないけれど。

 何度見てもそんな光景に、私はただ見入ってしまう。

「だいぶ元気になったね」
「え?ええ、そうね。スピニスのおかげよ」

 そしてこの森のおかげ。

 聞いていた話とは随分違う闇の森は、清浄な空気で包まれていた。

 特にこの空間。日が差し木々が生き生きと緑づき、魔物や動物が集う、この場所。

 そして、スピニスの存在。

 彼の正体を知ったときは心底驚いたけど。
 今はもう、そんなことはどうでも良かった。

 ただ彼に出会えた幸運に感謝したい。

「どうしたの、リーナ?」

 黙り込んだ私をスピニスが不思議そうに覗き込んできた。

「ん~……幸せだなって思っただけ」

 ほんの1ヶ月前に絶望していたのが嘘のようだ。

 ニッコリ微笑めば、微笑み返された。

「それは良かった。──じゃあ、そろそろかな」
「?何が?」

 何がそろそろなんだろう。

 首を傾げたら、ニッコリ微笑まれた。それは先ほどの純粋な笑みとは異なって。

 何だか黒い笑みに見えるのは気のせいだろうか。

「リーナを虐めた連中に、お仕置きする頃合いかな、てね」


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