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第四章~俺と伊織
1、
しおりを挟む早川刑事は約束した時間を十分過ぎた頃にやって来た。別に非難するつもりはないが、刑事のくせにルーズだなとは思う。
「ごめんごめん、色々忙しくてね」
そんな言い訳と共に車を俺の家の前に乗りつける。
「いえ。今日は宜しくお願いします」
「あいよ。そんな緊張しなくてもいいよ……といったところで無理か」
そう言って刑事はニヤリと笑う。
八年前に俺と同じ黒い球体の夢を見た女生徒。その彼女が選択することによって守り抜いた元教師。
行方不明となっていたその人が突然見つかり、刑事は既に会ったという。
「どんな様子でした?」
「ん~? まあ会ってみれば分かるよ」
「そうですか……」
「ま、普通じゃないのは確かだね」
そう言って今度は苦笑を浮かべる。
「普通じゃない……」
それはつまり、精神に異常をきたし、奇行が目立ったところで行方不明になった当時とあまり変わっていないということか。
今もって保護された精神病院に居続けることから、普通ではない精神状態なのは確かだろう。
「刑事さんは何か聞き出せました?」
「それがねえ、とんと駄目。なに聞いてもまともな返事が返ってこないんだ」
今度は困ったような笑み。
運転しているので正面を見据えたまま、刑事の表情はコロコロ変わる。
「そう、ですか……。ところで僕が面会してもいいんですか?」
「うん? まあ申請出して許可もらったんだから、いいってことなんだろうさ」
そんな適当な、と思わなくもない。大人の事情はよく分からんな、と今度は俺が苦笑する。
「それに色々僕に話してくれてますけど、それこそ大丈夫なんですか? こういうのって守秘義務? みたいなの無いんでしょうか?」
「あっはっは、今更な質問だねえ!」
刑事の言う通り、今更な質問をすれば、今度は豪快に刑事は笑った。
「まあバレたら色々厄介だけど……大丈夫、私は守秘義務を守っているよ」
「え?」
「わたしゃずっと独り言を言ってるだけだからね。それをたまたまキミは耳にした。これはもう不可抗力ってやつだね」
「いいんですか、そんなんんで」
「いいんだよ」
苦笑する俺とは逆にスッと笑みを消した刑事は、前を見たまま静かに言った。
「いいんだよ、なんでもかんでもルールを守りすぎてちゃ、事件は解決できない」
守れるはずのものが守れなくなっちゃうルールを守る必要はないさ、と刑事は少しややこしい言い方をする。
だが言いたいことは理解できたから、俺は「そうですか」と言って頷いた。
車は高速道路に入っていた。
* * *
そこは閑静な町はずれに立っていた。病院然とした風貌の建物と隣り合う家やビルはない。少し目を遠くにやれば建築物が目に入るが、微妙に距離がある。
ポツンと佇む病院は、けれど想像していたような暗くドンヨリした重たい空気はなかった。それは白く綺麗な壁のせいかもしれない。
できてまだ間もないというだけあって、綺麗な物だ。
「ここにその元教師が?」
「ああ。ご実家から一番近い病院なんだってさ」
聞けば頷く刑事の反応を見てから、俺はもう一度病院を見上げた。精神に問題がある人だけのための病院。そうであるからこそ、こんな辺鄙なところに建っているのだろう。だが外観はよく見る病院となんら変わらない。想像では、鉄柵があったり、まるで収容所をイメージしていたのだけれど。
とはいえチラリと視線をはずせば、監視カメラがそこかしこにあるのが見て取れる。そこはしっかりしているのな。
中に入って受付とある場所で、刑事が看護師の格好をした人に話しかける。会話内容は聞き取れないが、おそらく「約束してた者です」とでも言っているのだろう。
ややあって、白衣を着た医者が出てきた。貫禄ある出っ腹をたずさえた、男性医師だ。
「そちらがれいの?」
「ええ。過去の事件と同じような境遇で悩んでいる少年です」
嘘とはいわずとも真実とも言えないことを病院には伝えているのだな。
だが医師にとって真偽はどちらでもいいのだろう。ここは監獄じゃないんだ、面会は許可さえあれば自由にできる世界。医師は俺達二人の姿を目に焼き付けるようにジックリ見てから、「こちらへ」と先頭を歩き出した。
廊下を歩いていても、やっぱり普通の病院のようだ。だがおそらくは入院施設のある二階は、きっと雰囲気が変わってくるんだろうな。とはいえ、それを俺が確認することはない。俺達がくると分かっていた医師によって、既にくだんの元教師は一階にある談話室へと移動させてあるらしいから。
「刑事さんは既に面会しているからご存知でしょうが……あの人です」
そう言って、談話室入り口から医師が指をさす。
その先に車椅子の人物をみとめて、俺の心臓はドクンと音を立てた。
「あの人が……」
四角い長テーブルの前で車椅子に座ったまま、ボーッとしている人物。何をするでもなく、本当にボーッとしている。
頭髪は真っ白で、顔に刻まれた皺は深くて多い。同じく白いアゴ髭は職員によってなのか、綺麗に整えられていた。
「おじいさん教師だったんだ……予想外だな、もっと若い教師を想像していたのに」
女生徒が自殺するほど追い詰められながらも、究極の選択を続けて守り続けた元男性教師。勝手な思い込みで、女生徒はその男性教師に惚れていたのではなかろうか、と思っていた。
だがそうではないらしい。心から慕っていた……恩師といった存在だったのだろうか?
予想がはずれたと口にする俺。だが早川刑事は「そんなことないよ」と言う。
「え?」
「相良君、キミの予想は当たっている」
「当たって……?」
世の中には、渋いオジサマが好きな若い女性、という人がいる。自殺した女生徒もその一人だったと言うのだろうか?
そんな考えが頭に浮かび、あからさまに顔に出たらしい。顔を見て相手の考えていることを読み取るという職業病をもった刑事は、「違う違う。そうじゃないよ」と言って苦笑する。
「あの人は、当時で28歳……八年経って、36歳だよ」
「え!?」
早川刑事の言葉に、思わず大きな声を上げる。シーッと人差し指を立てる医師に目で謝罪して、口に手を当てたまま俺はもう一度車椅子の人物に目を向けた。そこに置物のように座る人物は、どう見ても高齢の老人だ。
「これが八年前の写真」
言って刑事が写真を見せてくる。当時学校のなにかしらの行事で撮られたであろう写真には、確かに若さ溢れるそこそこカッコイイ……それこそ女生徒に人気がありそうな男性教師が映っていた。
その写真と車椅子の人物を交互に見る。
嘘みたいだと思うも、そこに当時の面影を見出して、本当なのだと納得するしかない。
「私はそこの離れた席に座ってますので、ご自由に面会してください。あまり刺激しないように……まあ大丈夫でしょうが」
言って医師は言葉通りに、部屋の隅にある椅子に腰かけた。
「じゃあ行こうか」
「はい」
刑事に促され、俺は歩き出した。
俺と刑事は横並びに……車椅子の男性の正面に並んで座る。
「こんにちは、木村さん」
刑事が声をかける。元教師は木村というらしい。呼ばれても一切の反応がないけれど。
元教師はだんまりでボーッとしたまま。
「先日も来ましたが早川といいます。こちらは相良君。彼は少々奇妙な体験をしておりまして……少しお話うかがってもいいですか?」
やっぱり反応はない。刑事は構わず話しかけた。主に八年前のことについて。だが女生徒の話や、亡くなった人の話が出ても、人形のように動かない元教師。
俺もまた黙っている。八年前のこととはいえ、一般人の俺が聞いていい話ではないだろう。黙っている事で、先ほどの『独り言だから』ということになるだろうと思ったから。
話の中で、刑事は「少女が黒い球体を見たと言っていて……」と、黒い球体が出てきた時だった。ピクリと元教師の体が微かに震えた。明らかに反応した様子に、俺も刑事も様子を見る。だが結局そのまま元教師は動かない。
一通り話し終えても相変わらずな不動の状態に、刑事は椅子に背を預けて深々と息を吐いた。お手上げといったところか。
そこにチラリと俺に視線が向く。こくんと頷く様から、次は俺の番というところか。
「木村さん」
呼びかけても反応はない。息をしているのかも怪しい状態の相手に、俺は刑事と同じく気にしないで話しかけた。
「木村さんは八年前、女生徒から黒い球体の夢についてお聞きになりましたか?」
しばしの沈黙。まあ早川刑事と同じような質問なのだ、反応なんてないだろう。では角度を変えて別の質問を……と、どういう風に聞こうかと考えたその時。ギクリと俺の体が強張った。
目が、こちらを向いているのだ。それまで微動だにしなかった元教師の目が、ハッキリと俺をとらえる。
「木村さ……」
「あんたも見たのか」
「え?」
こちらを見ただけではない。ハッキリと言葉を発する様子に、隣の刑事が息を呑むのを感じた。
見つめてくる視線から逃げることができず、俺もまた元教師の目を見つめ返す。
その目は見開かれている……まるで全てを見透かすかのように。
「見たんだな」
「え? あ……はい」
「そうか」
何を見たと言っているのかなんて、考える必要はない。俺は質問したのだ、黒い球体について。ならば彼の質問もまた同じ意味だろう。
黒い球体の夢を見たのか。
はいと頷けば、そうかと言って頷いて、車椅子にもたれかかる元教師。
「気を付けろ」
「え?」
肝心なことを省略したような物言いに、俺は怪訝な顔をする。
何が言いたいのだろうと元教師の顔を食い入るように見つめれば、ジロリと横目で俺を見返してきた。
それから少し体を乗り出して、俺の耳元へと口を近づける。
「気を付けろ……」
続く言葉に、俺は息を呑んだ。
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