【完結】選択肢〜殺す人間を選んでください

リオール

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第三章~母

3、

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「別に責めてるわけじゃないよ」と刑事は言うが、責め以外に何があるというのか。

 俺が言葉に詰まっているうちに、刑事はどうするかを淡々と話す。

「ではそういうことで」

 悶々としているうちに、全てが決められた。
 俺が自分を選ばずに母親を選んだことを後悔し、自分を責めているうちに決まったこと、それはそれぞれの役目だ。
 新井刑事は母を見張る。
 俺は伊織を学校で見張る。
 登下校の道や、学校以外での伊織の行動は、早川刑事が監視。

「大丈夫なんですか?」
「さてねえ」

 俺の問いに肩をすくめる早川刑事。だが俺の質問の意図は計画の成功可否についてではない。

「そうではなくて。事件でもないのに、刑事さん二人が勝手に動くことが、です」

 俺はまだ学生で社会のことはよく知らない。ただ、勝手に動いたら上司に怒られるだろうことくらいはわかる。しかも警察なんて常に忙しい仕事ならば、なおのこと。
 その問いに対して、またも肩をすくめる刑事。

「ま、一日だけのことだ、大丈夫さ。今私達は、これまでの事件に関してをまだ担当している。他の業務はない。色々と調べていると言えば、問題はなかろう。今だって遅い休憩だと伝えてある」
「そうですか」

 大丈夫だと言うのなら、大丈夫なのだろう。彼らが上司に怒られるかどうかを、俺が気にすべきことではない。そもそも市民からの相談なのだから、無下にできなかったとでも言えば、なんとでもなるだろう。多分。

 そして思う。そう、一日だけのことなのだ、と。
 今日の夢で黒い球体はいつもどおりに、【明日伊織が死ぬ】と言ってきた。それはつまり、今日は警戒する必要がないということ。
 日付が変わってからが勝負。とりあえず家の中でのことは俺が見張り、登校してからが勝負。

「母さんが仕事を休んでくれたらいいんだけど……」
「むしろ出社してもらったほうが、神澤さんと距離ができて好都合では?」
「なるほど」

 それは一理あるような、ないような。
 黒い球体には強制力があると思われる。栄一と伊織を会わせないようにしたのに、あの夜の屋上に伊織は現れた。……本人は屋上に行ってないと言ってはいたが。今となっては、やはりあれは現実で、伊織は姿を現したと俺は思っている。
 なぜとかどうして、とか、筋の通った説明など求めてはいけないのだと痛感する。
 ただ俺が選び、それを球体は実行する。

 ただし今回は、それぞれの人物……母と伊織をしっかり見張ることになる。はたして──特に伊織は、どのような行動に出るのか。

「神澤伊織の見張り、しっかり頼むよ良善君」
「はい」

 俺は強く頷いた。

* * *

 刑事二人と別れて、俺は家路へとつく。しばらくして見慣れた景色に出る。何気ないいつもの帰り道、何度も伊織と通った通学路。歩いて行ける距離がいいと俺が選んだ高校は、伊織の第二志望だった。第一志望も受かったくせに、なぜこっちに? と聞いたら、伊織は「近いから」とうそぶいた。ならば第一志望を受ける意味はどこにあったと聞くのは野暮なのだろう。
 昔から、伊織は俺のことを好いてくれている。それはうぬぼれでもなんでもない。その気持が嬉しくて、俺もまた彼女を守りたいと思った。

 だが今回のことは別だ。
 守りたいが、それ以上に守りたい存在がいる。

「本当に……なんで母さんを選んじまったんだか……」

 考えれば考えるほど悔やまれる選択。右を選ぶか左を選ぶか、人生の岐路を選び直すことができないように、今回も選び直すことはできない。後悔するだけ無駄と知りつつも、己の愚かさを悔いる。

「失敗は、許されない」

 自分に言い聞かせるようにして、俺は顔を上げた。まだ誰もいない自分の家が見えてきたその時。

「良善」

 名前を呼ばれて体がこわばる。だが無視することはできないと、俺は振り返った。

「……よお。今帰りか?」
「うんそう。良善はなにしてたの? 体調不良で早退したんだよね?」

 向けられる視線は探るようではあっても、刺すようなものではない。そのことに内心ホッとしながら、俺は伊織に体ごと向き直る。

「もうだいぶ気分良くなったから、寄り道してお菓子買ってた」

 言って、持っている袋を……実際にコンビニに寄って買ったものを見せた。

「にしても、随分遅いね」
「あんま家に一人になりたくなかったからな」

 言い訳をして、すぐにしまったと思う。下手な言い訳に内心叱咤する。

「不安なの? 寂しいならうちで夕飯食べていきなよ」

 ほらきた。伊織ならこう言うであろうことを、案の定口にする伊織。子どもの頃、父さんが死んで母が仕事で忙しかった頃、俺はよく伊織の家に世話になっていた。それこそ夕飯なんて毎日のように食べさせてもらっていた。さすがに中学になると、それも無くなったけれど。

「いいよ、ガキじゃあるまいし」
「ガキでしょ」

 言って伊織はクスリと笑う。裏表を感じさせない自然な笑みに、なんだかホッとする。だが油断はできないと俺は首を振った。

「いやいいよ。色々ぶらついてたら気持ちも落ち着いてきたし、今は逆に一人になりたい」
「そう?」

 探るような目つきだ。俺の真意を確かめようとするその視線に、知らず汗が背中をつたう。
 ややあって伊織は「そっか」と小さく言った。

「寂しくなったら、遠慮なくうちに来てね」
「ああサンキュ」

 礼を言って俺は自分の家へ、伊織はまた伊織の家へと別れる。隣あっているのに、今日はひどく距離を感じる。なんとはなしに伊織の視線を感じながら、けれど確かめることなくまっすぐ正面を向いたまま、俺は家の中へと入った。

 入って、深々と息を吐いた。
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