【完結】選択肢〜殺す人間を選んでください

リオール

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第二章~平山

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 チャイムが鳴り響き、休憩時間に突入したところで、俺と伊織は教室へと戻った。どうしたんだと俺に話しかけてくる人物はいない。チラリと見れば、視線を向けられた平山がビクリと体を震わせて、慌てて席を立ち廊下へと出て行った。刑事の件で忘れそうになっていたが、伊織のことがまだ尾を引いているらしい。まあ当然か。
 当の伊織へと目を向ければ、こちらも誰も寄っては来なかった。チラリチラリとクラスメートから視線が向けられるも、伊織は気にすることなく席について、次の授業の準備を始めている。あまりに淡々とした様子に、先ほどの伊織は夢か幻だったのではないかとさえ思える。
 だがそうではないことは、クラスメートの態度からも明らか。
 どんな不良からも好かれるみんなの人気者、明るくて美人で成績も優秀な伊織。いつもの彼女がそこにいる。だというのに、それこそが違和感しかない。平山にあんなことをしておきながら、なぜいつも通りにしていられるのか。
 いつも通り。そう考えてゾクリとする。

 奥田が死んだ日に、伊織も同じくショックを受けるどころか、俺を心配して部屋にやって来た伊織。
 俺が学校を休んでいる間も普通に登校して授業を受け、俺のためにノートまで作った伊織。
 平山に対してあんなことをしておきながら、平然としている伊織。
 刑事に会っても、何もなかったかのような態度の伊織。

 どの伊織も異様で、あまりに普通で……異常すぎる。
 そして気付いた。彼女はなんらショックを受けてなどいないということを。
 矢井田の死も、奥田の死も、目の前で起きたのに彼女は何も感じていない。大したことではないと、これまで通りの日常を過ごしている。

 ではあのノートは? 黒く塗りつぶされたあれは、彼女からのSOSではないと? ならあれにどんな意味があるのだろう。
 気付いて今度はギクリとした。
 黒に一色のノート。俺の背後に誰も居ないのを確認し、開いてもう一度見る。

 そこには相変わらず真っ黒なページが広がっていた。まるであの黒い球体のような……黒。
 まさかとは思う。だがもしかしたらとも思う。

(伊織も、あの球体を見ている……?)

 だがあれと対峙して、演技だとしても平静でいられるものだろうか。実際に見ている自分はこんなにも怯えている。恐ろしいと震えているというのに、伊織は平然としているではないか。ならばやはり伊織はあの球体を見ていなくて、これは単なる偶然とも……。

 そこで俺は首を振ってノートを閉じた。机に置いたそれにそっと手を添えて俺は否定する。
 偶然なんて無い、と。
 あの刑事は職業柄、たとえ本当に偶然であったとしても疑うと言っていた。今の俺もそうだ。
 本当に偶然なのか?
 矢井田の事故も? 奥田のことも? そこに伊織が居合わせて、伊織が本当の被害者で、本当なら伊織が死ぬはずで……。
 矢井田の事故は、いつもの通学路で起きた。そこに伊織が導くものはない、そうする必要ないから。だが奥田の事件は、伊織があのショッピングモールに誘ったから遭遇した。誘われなければ俺はあそこに行かなかった。そしたらあんな通り魔事件に巻き込まれることもなく……考えてまた首を振る。
 なんてことだ。俺は全て伊織のせいにしている。だがよく考えろ、二つの現場には俺もいたのだと。
 俺が一緒に伊織と登校しなければ。
 俺が誘いにのってショッピングモールへ行かなければ。
 それで良かったのではないか、と。
 全ては偶然。
 俺の意思が招いた結果。

(そうだ、伊織は悪くない。伊織のせいじゃない……)

 そうは思っても、ではなぜ伊織がおかしくなったのかという話になる。堂々巡りだ。
 結局結論は出ず、異様な雰囲気の教室で行われる授業が耳に入ることもなく、一日が終わった。

「良善、帰ろう!」

 当然のように伊織は俺を誘って来る。チラリと見れば、伊織をチラチラ見てはいるも、友人達が寄って来る様子はない。いつもなら、誰かしら寄り道しようと伊織に話しかけて来るのに。頼むから今日も誘ってくれよ……理不尽な願いを考えていたら、「伊織!」と声がかかった。
 天の助け! と見れば、別のクラスの女子が教室入り口に立っている。昼の一件はまだ広がっていないらしく、伊織を誘いにきたようだ。これ幸いと「俺はいいから行ってこいよ」と伊織に告げる。「でも……」と渋る伊織だが、今は渋らなくていい。心の声は出さずに「俺は大丈夫だから。というかちょっと一人になりたい。伊織も気分転換してきなよ」と言えば、分かったと言って、伊織は友人の元へと駆けて行った。
 その姿が見えなくなると、ホッと息を吐いたのは俺か、他の誰かか……。

 そのまま俺は一人で帰宅した。まだ母は仕事で帰っていない。
 家に帰ったところで何をすることもないのだが、外を出歩くよりはマシだとテレビをつける。テーブルには、朝に母が用意した夕食。まだ早いが空腹だからと、それを温めながら俺はソファに寝そべって、見るともなしにボーッとテレビを見る。

 気付けば俺は真っ白な世界に突っ立っていた。
 目の前の黒い球体に、ああまたかと思う。俺はまた眠って、そして……

「もう、勘弁してくれよ……」

 顔を手で覆って懇願しても、球体は一切動かない。

【伊織ちゃんは明日、死にます】

 そしてまた同じことを言うのだ。
「なんで伊織なんだよ」
 問うたところで球体は答えない。

【伊織ちゃんは明日、死にます】

 同じ事を繰り返す球体に、何かがブチンと切れる。

「いい加減にしろよ、なんで伊織なんだ! なんであいつはいつも死ぬ目に遭うんだよ!?」

 そんな何度も死ぬような事件があってたまるかと、俺は叫んだ。
 しかし球体はなんの反応も示さない。示さぬままに

【選択してください】

 俺に選択を迫る。

「ふざけんなよ……」

 どれだけ怒鳴っても、怒りをぶつけても、球体は反応しない。俺の問いには答えないくせに、俺には選択しろと言うのだ。どうしようもない状況に、俺は項垂れ床に座り込んだ。
 力なく黒い球体を見上げれば、それは告げる。

【1、神澤伊織 2、平山栄一 3、相良良善】

「なんだよそれ……」

 それのどこが選択肢だというのか。
 黒い球体はまたも三つの選択肢を用意してきた。だが俺に選択の余地はない。

「そんなの、選べるわけがないだろう?」

 先ほどまで怒りをぶつけ怒鳴りつけていた球体相手に、俺は弱々しい目を向け力ない声で言う。
 伊織を死なせたくない。それはこれまで通りだ。大切な幼馴染で、俺の大好きな伊織を殺せるはずもない。だからこれまで二度、選んできたのだ。三度目でも揺るぐことのない思い。
 だが残りの二択が俺の心を動揺させる。ついにきたか、と。

 選択肢は三つだが、実質俺には二つ。だが俺に三番が選べるはずもない。3の相良良善……俺自身を選ぶなんてこと、できるわけがないのだ。だって俺はまだ死にたくないから。
 だがそれは矢井田だって奥田だってそうだったろう。死にたいと思っているような連中ではなかった。あいつら自身の行いが俺に選ばせた、という意味では自業自得。あいつらの愚行を、俺への虐めを気付いていたか知らないが放置していた親も同罪……だと俺は思っている。
 だとしても、俺に選ぶ権利はない。
 なのに俺は選んだ。死にたくないと思っているであろうあいつらを、間接的に殺した。
 そんな俺に、『死にたくない』と思う権利があるのだろうか。

 考えて首を横に振った。
 そんなことを考えてなんになる。俺はこの世界で罰せられることはなくとも、罪を犯した。今更引き返せるはずもない。
 ならば俺が選ぶ答えはただ一つ。

【死ぬ人間を選択してください】

 黒い球体がカウントダウンを始める。徐々に減っていく数字。残り30秒となったところで俺は「二番、平山栄一」と答えた。

【変更はありませんか? 死ぬ人間は平山でいいですか?】

 問われてグッと回答に詰まる。即答できない。
 脳裏に思い出されるのは、中学時代の平山との思い出。まだ虐めとは無縁で、体が少し成長しただけの相変わらずなガキな中学生の俺達が、バカなことばっかやって大笑いしていた記憶。好きな子に振られたと落ち込む平山を励ます俺。女子の前ではかっこつけて、裏ではふざけた顔ばっかしていた俺と平山。テスト前にグダグダな勉強会をしては、悪い点数をとって怒られていた俺達。
 笑う平山。
 笑う俺。

(くそくそくそ! なんだよこれは、思い出すなよ!)

 俺は怒っていたんだ。見てみぬふりをした平山のことを。
 謝って許されようとする卑怯な平山を軽蔑していたんだ。
 友達だと思っていた奴に二度も裏切られ、俺は縁を切ると決めたんだ。

 大嫌いなんだ、平山なんて……!

 だというのに。
 どうして俺は涙を流しているんだろう。

「ごめん、栄一……」

 なぜ俺は謝っているのだろう。
 これでは平山と……栄一と同じではないか。
 謝ったという事実で自分の心を慰め、許してもらって自分の心を救おうとする卑怯者。

「なんだ、俺も結局あいつらと同じか」

 イジメを見てみぬふりをする。
 安全なところからただ傍観する。
 謝れば許されると思っている。
 あいつらと同じ。

 俺も、俺こそが卑怯者。

 ならばと俺は立ち上がった。
 今更、後に引けるかと──真っ直ぐ正面の黒い球体を睨む。

「変更はない」

 このまま落ちてやる。卑怯者として、地獄でもなんでも落ちてやるから。
 だから俺は伊織を救うために心を殺す。

【回答の受付を終了しました】

 もう、涙は止まっていた。
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