上 下
24 / 37

24、

しおりを挟む
 
 
「はい、そこまでー」
「「きゃああ!?」」

 不意にマイヤの声がしたかと思ったら、バシャアッという音と共に、水が降って来た!私とスザンナの頭上から!

 思わずスザンナとハモった悲鳴をあげてしまった。
 ななな、なにごと!?

 見ればマイヤがバケツ片手に無表情──に見えるけど、若干怒ってる顔で私を見ていた。

 水の冷たさと彼女の視線が、私を現実に引き戻してくれた。

「お嬢様、洗脳されちゃ駄目ですよ。ヘンリー様が旦那様と同じ人種だと思ってるんですか?」
「あ……」
「旦那様はさぼってお嬢様に仕事を押し付けてましたが、ヘンリー様がそんな方だと思うんですか?」

 タオル片手にズイッと顔を近づけてくるマイヤ。私はそんな彼女に……

「思わない」

 そうキッパリと答えた。

 そうだ、ヘンリー様はそんな人じゃない。どっちかっつーと、仕事に手を出してきそう。というか、思いっきりバリバリこなしそうな人だもの!

 実際、王城では王と王太子の仕事を精力的に手伝ってると聞く。異国で得た独特の知識が、なかなか役立ってるそうだとか。

 そんな彼が、忙しくする私に呆れる事なんて……あるはずない!
 むしろ手伝ってくれるだろう。助けてくれるだろう。
 苦楽を共に出来ることだろう。

「あっぶな!!」

 言って、私はパチンと自分の頬を殴った。

 危ない危ない。危うくスザンナごときの口車に惑わされるところだったわ!

「今日、ヘンリー様に話すわ」
「それがよろしいかと」

 今日、公爵家の内情を話そうと思う。
 ヘンリー様も自分の素性を明かしてくれたのだ。私もちゃんと話さなくては、フェアじゃない。

 そう言えばと時計を見れば、そろそろ彼がやってくる時間だった。

「あ、いけない。ヘンリー様が来る前にこの書類だけ片付けておかないと……」

 マイヤからタオルを受け取って、拭きながら慌てて机に戻る私は完全に忘れていた。

「ちょおっとぉっ!!」

 スザンナの存在を、気持ちいいくらいに忘れていたのだった。



※ ※ ※



「お話があります!!」
「うん?」

 いつもお茶の時間帯にやってくるヘンリー様。この時間帯はマイヤがスザンナを見張ってるので平和だ。今日のスザンナはヤバそうなので、強気で──ヘッドロックくらいしながら止めてるかも知れない(もちろん許可してるよ、私が)。

 今日も今日とてやって来た彼と、最初は他愛無い雑談をしていたのだが。

 少しの間が生じた頃合いに、私は思い切って発言するのだった。

 力強い声に、彼も少し驚いた面持ちで見て来る。う、そうやって見られると緊張するな……。

 いつもと雰囲気の違う私に何かを感じたのか、彼は黙って手に持ったカップをテーブルに置いた。
 そして横に座る私の手をギュッと握るのだった。安心させるかのように。

「どうしたの?何かあった?」

 ニッコリ微笑む様は……

「く、今日もイケメンか……!!」
「何言ってるんだい、アデラもイケメ……可愛いよ」

 今イケメンと言いかけましたね、訂正しても遅いですよ。まあ褒め言葉なんでしょうからいいですけど。

 そんなこと言ってたおかげか、少し緊張がほぐれた。

 大きく息を吸って~

「吸って~」

 吸って~……

「……苦しい……」
「あっはっは!」

 笑い事じゃない!余計な茶々入れないでください!

「ヘ~ン~リ~様ぁぁぁ」
「ごめんごめん、なんだか緊張してるようだから。空気を軽くしてあげようと思って!」
「そのお心遣いはありがたいですが、ちょっと黙って聞いててください」
「はいはい」

 軽いなあ、分かってるんだろうか。

 ええい、仕切り直しだ!

「ヘンリー様」
「なんだい、アデラ」

 んんん、イケメンんんん……!

 ──などというやり取りがしばらく続く。ええ、バカップルですよ、すみませんね!!

 これでは駄目だ、早く話さないと!今日話すと決めた事を明日に延ばしてはいけないと思うの。

 だから私は意を決して、口を開くのだった。

「実は公爵家の実情について──」
「アデラお嬢様!!」

 お話をー!したいのですがー!

 内心叫んだけど、邪魔が入りましたよ!もう、何なのよ!!

「マイヤ、邪魔を……」

 しないで。
 そう言おうと睨んだ私は。
 けれど次の言葉を呑み込んだ。

 血相変えて飛び込んできたマイヤの表情が。
 いつにない真剣な顔の彼女の表情が。

 ただ事で無い事を告げていたから。



しおりを挟む
感想 153

あなたにおすすめの小説

学園にいる間に一人も彼氏ができなかったことを散々バカにされましたが、今ではこの国の王子と溺愛結婚しました。

朱之ユク
恋愛
ネイビー王立学園に入学して三年間の青春を勉強に捧げたスカーレットは学園にいる間に一人も彼氏ができなかった。  そして、そのことを異様にバカにしている相手と同窓会で再開してしまったスカーレットはまたもやさんざん彼氏ができなかったことをいじられてしまう。  だけど、他の生徒は知らないのだ。  スカーレットが次期国王のネイビー皇太子からの寵愛を受けており、とんでもなく溺愛されているという事実に。  真実に気づいて今更謝ってきてももう遅い。スカーレットは美しい王子様と一緒に幸せな人生を送ります。

陰謀は、婚約破棄のその後で

秋津冴
恋愛
 王国における辺境の盾として国境を守る、グレイスター辺境伯アレクセイ。  いつも眠たそうにしている彼のことを、人は昼行灯とか怠け者とか田舎者と呼ぶ。  しかし、この王国は彼のおかげで平穏を保てるのだと中央の貴族たちは知らなかった。  いつものように、王都への定例報告に赴いたアレクセイ。  彼は、王宮の端でとんでもないことを耳にしてしまう。  それは、王太子ラスティオルによる、婚約破棄宣言。  相手は、この国が崇めている女神の聖女マルゴットだった。  一連の騒動を見届けたアレクセイは、このままでは聖女が謀殺されてしまうと予測する。  いつもの彼ならば関わりたくないとさっさと辺境に戻るのだが、今回は話しが違った。  聖女マルゴットは彼にとって一目惚れした相手だったのだ。  無能と蔑まれていた辺境伯が、聖女を助けるために陰謀を企てる――。  他の投稿サイトにも別名義で掲載しております。  この話は「本日は、絶好の婚約破棄日和です。」と「王太子妃教育を受けた私が、婚約破棄相手に復讐を果たすまで。」の二話の合間を描いた作品になります。  宜しくお願い致します。  

【完結】女嫌いの公爵様は、お飾りの妻を最初から溺愛している

miniko
恋愛
「君を愛する事は無い」 女嫌いの公爵様は、お見合いの席で、私にそう言った。 普通ならばドン引きする場面だが、絶対に叶う事の無い初恋に囚われたままの私にとって、それは逆に好都合だったのだ。 ・・・・・・その時点では。 だけど、彼は何故か意外なほどに優しくて・・・・・・。 好きだからこそ、すれ違ってしまう。 恋愛偏差値低めな二人のじれじれラブコメディ。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

今まで尽してきた私に、妾になれと言うんですか…?

水垣するめ
恋愛
主人公伯爵家のメアリー・キングスレーは公爵家長男のロビン・ウィンターと婚約していた。 メアリーは幼い頃から公爵のロビンと釣り合うように厳しい教育を受けていた。 そして学園に通い始めてからもロビンのために、生徒会の仕事を請け負い、尽していた。 しかしある日突然、ロビンは平民の女性を連れてきて「彼女を正妻にする!」と宣言した。 そしえメアリーには「お前は妾にする」と言ってきて…。 メアリーはロビンに失望し、婚約破棄をする。 婚約破棄は面子に関わるとロビンは引き留めようとしたが、メアリーは婚約破棄を押し通す。 そしてその後、ロビンのメアリーに対する仕打ちを知った王子や、周囲の貴族はロビンを責め始める…。 ※小説家になろうでも掲載しています。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?

もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢 ルルーシュア=メライーブス 王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。 学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。 趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。 有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。 正直、意味が分からない。 さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか? ☆カダール王国シリーズ 短編☆

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

(完結)無能なふりを強要された公爵令嬢の私、その訳は?(全3話)

青空一夏
恋愛
私は公爵家の長女で幼い頃から優秀だった。けれどもお母様はそんな私をいつも窘めた。 「いいですか? フローレンス。男性より優れたところを見せてはなりませんよ。女性は一歩、いいえ三歩後ろを下がって男性の背中を見て歩きなさい」 ですって!! そんなのこれからの時代にはそぐわないと思う。だから、お母様のおっしゃることは貴族学園では無視していた。そうしたら家柄と才覚を見込まれて王太子妃になることに決まってしまい・・・・・・ これは、男勝りの公爵令嬢が、愚か者と有名な王太子と愛?を育む話です。(多分、あまり甘々ではない) 前編・中編・後編の3話。お話の長さは均一ではありません。異世界のお話で、言葉遣いやところどころ現代的部分あり。コメディー調。

処理中です...