上 下
3 / 10

3、

しおりを挟む
 
 
「婚約破棄を破棄するのは破棄でお願いします」

 破棄を破棄で破棄する。もうどういうことなのか分からないが、とりあえず結論は一択だ。婚約破棄だ。

「理由は?」
「メッサル様の女癖の悪さです」

 そう言えば、父は不思議そうに首を傾げた。
 場所は我が伯爵邸の、父である伯爵家当主の書斎。本を読む父の部屋に「たのもー!」と叫んで入ったら頭叩かれた。別に決闘しに来たわけではないのに、たのもーは無かったか。え、そういうことじゃないって?分からん。

「メッサル様は毎日色々な女性とデートされてます。これは明らかに不貞であり、婚約継続は不可能だと思われます。よって婚約を破棄したいです」

 そう言えば、ますます父は怪訝な顔になるのだった。なんだ、私変なこと言ってる?

「メッサルの女癖が悪い?」
「はい」
「毎日デート?」
「はい」
「毎日じゃねえよ、たまに俺と剣の稽古してるぞ」
「そこ黙る」

 父との会話に急に割り込んできた声。それはメッサル様の親友であるドルンだった。彼は我が伯爵邸の仕事を手伝う……というか、見習いでうちに来てるのだ。自分の家である侯爵家は兄がバリバリ仕事してて手出しできないのだとか。いずれは婚約者である私の妹と共にこの家を支えるのだから、と今から修行に来てるのだ。でももう夜だぞ、はよ帰れ。

 普通なら長女である私がドルンと結婚してこの家の後継になるのだろうが……色々と事情がある。
 というか、だ。
 そもそもメッサル様が私との結婚を望まれたからこその婚約であったのに。伯爵家の娘が侯爵家に嫁げるなんて、と両親はとても喜んでいたのに。

 婚約当初のそんな事を思い出して、不覚にも目に涙が浮かんだ。

 そうだ、あの頃のメッサル様は優しかった。ぶっきらぼうながらも、表情に乏しいながらも、彼なりに私を気遣ってくれていた。毎日のようにお話していた。お茶を飲みながら、お菓子をつまみながら……彼はいつも私の下らない話を、楽しそうにして聞いてくれてたのだ。

 それが学園に入ってから変わったのだ。
 気付けば彼のそばにはいつも女性が居た。毎日のようにどこかの誰かとデートするようになった。
 ……私との会話は、それに比例して一気に少なくなった。

 本当は嬉しかったのだ。久しぶりに話しかけてもらえたことが。
 本当は悲しかったのだ。婚約破棄だなんて言われて。

 でも私にだってプライドがある。ないがしろにしてくる婚約者に縋るような事はしたくない。だからこれは良い事なのだと、嬉しい事なのだと、喜ぶべきなのだと自分に言い聞かせた。

 言い聞かせて納得したのに。
 嘘だとか言われても、それは納得できない。乙女心を何だと思ってるのだろう。

 ジワリと滲んだ涙を、私は慌てて拭った。

「毎日色々な令嬢やドルンとデートしてる方と結婚なんて出来ません。どうか婚約の解消を……」
「おい、俺らはデートじゃねえよ!」
「うっさい、黙れええ!」

 もはや八つ当たり。
 私は近くにあった分厚い本をムンズと掴み、ドルンへと思い切り投げたのだった。避けんなチクショー!

 言いたいことは言ったと、私は頭を下げて書斎を出た。父はその間ずっと無言だった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者様は連れ子の妹に夢中なようなので別れる事にした。〜連れ子とは知らなかったと言い訳をされましても〜

おしゃれスナイプ
恋愛
事あるごとに婚約者の実家に金の無心をしてくる碌でなし。それが、侯爵令嬢アルカ・ハヴェルの婚約者であるドルク・メルアを正しくあらわす言葉であった。 落ち目の危機に瀕しているメルア侯爵家であったが、これまでの付き合いから見捨てられなかった父が縁談を纏めてしまったのが全ての始まり。 しかし、ある日転機が訪れる。 アルカの父の再婚相手の連れ子、妹にあたるユーミスがドルクの婚約者の地位をアルカから奪おうと試みたのだ。 そして、ドルクもアルカではなく、過剰に持ち上げ、常にご機嫌を取るユーミスを気に入ってゆき、果てにはアルカへ婚約の破談を突きつけてしまう事になる。

永遠に愛を誓った恋人で婚約者に差別され冷たい目で見られる令嬢の悲しみと絶望〜聖女と浮気の王太子殿下は女王に断絶され国外追放の罰!

window
恋愛
二人は幼馴染でお互いに15歳。恋人で深く愛して付き合っていました。 「エレナかわいいよ」 瞳を見つめながらアダム殿下がそう告げると顔に嬉しさを隠しきれないエレナ令嬢は少しはしゃいだ口調で言う。 「アダムもかっこいい服もセンス良いです」 アダム殿下は照れながら微笑んだ。 デートの時にエレナ令嬢が転びそうになると素早く体を支える。優しい心づかいに涙がにじんできます。 「大丈夫?怪我はない?」 「ありがとうアダムのおかげで助かったよ」 「アダムは本当に頼りになる素晴らしい紳士ね」 公爵令嬢エレナ・シュレイスロビンソン・ウェルアグネスと王太子アダム・クインアルフレス・アルジャーノン殿下の愛情は太陽よりも輝いていた。 「エレナのことを好きでしかたないんだ。必ずエレナを幸せにするからずっと隣にいてほしい」 「はい…」 この日二人は婚約をして永遠に祝福される―― しかし運命の恋人に神は厳しい試練を与えました。

私の味方は王子殿下とそのご家族だけでした。

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のコーデリア・アレイオンはミストマ・ストライド公爵から婚約破棄をされた。 婚約破棄はコーデリアの家族を失望させ、彼女は責められることになる。 「私はアレイオン家には必要のない存在……将来は修道院でしょうか」 「それならば、私の元へ来ないか?」 コーデリアは幼馴染の王子殿下シムルグ・フォスターに救われることになる。 彼女の味方は王家のみとなったが、その後ろ盾は半端ないほどに大きかった。

婚約破棄現場に訪れたので笑わせてもらいます

さかえ
恋愛
皆様!私今、夜会に来ておりますの! どうです?私と一緒に笑いませんか? 忌まわしき浮気男を。 更新頻度遅くて申し訳ございません。 よろしければ、お菓子を片手に読んでくださると嬉しいです。

元婚約者は入れ替わった姉を罵倒していたことを知りません

ルイス
恋愛
有名な貴族学院の卒業パーティーで婚約破棄をされたのは、伯爵令嬢のミシェル・ロートレックだ。 婚約破棄をした相手は侯爵令息のディアス・カンタールだ。ディアスは別の女性と婚約するからと言う身勝手な理由で婚約破棄を言い渡したのだった。 その後、ミシェルは双子の姉であるシリアに全てを話すことになる。 怒りを覚えたシリアはミシェルに自分と入れ替わってディアスに近づく作戦を打ち明けるのだった。 さて……ディアスは出会った彼女を妹のミシェルと間違えてしまい、罵倒三昧になるのだがシリアは王子殿下と婚約している事実を彼は知らなかった……。

「婚約破...」まで言いかけた婚約者の様子がおかしいのですがこれは何事でしょうか?

あさひるよる(書くし読む小説好き)
恋愛
学園の卒業パーティーで、王太子が浮気相手(?)の聖女をエスコートした。 そして王太子が婚約者である公爵令嬢に婚約破棄を宣言したところ...「そなたと婚約を破...婚約破...こ・ん・や・く・は・kぅっ...くっっっはぁあっああっ」と途中までしか言えず取り乱す始末。なんだか様子がおかしい...。  ◇ なぜ、王太子は少し前までは仲の良かったはずの公爵令嬢との婚約を破棄をしようと思ったのか。 なぜ、王太子は「婚約破棄」が最後まで言えないのか。 聖女はどんな気持ちなのか? などなど

お望み通りに婚約破棄したのに嫌がらせを受けるので、ちょっと行動を起こしてみた。

夢草 蝶
恋愛
 婚約破棄をしたのに、元婚約者の浮気相手から嫌がらせを受けている。  流石に疲れてきたある日。  靴箱に入っていた呼び出し状を私は──。

もううんざりですので、実家に帰らせていただきます

ルイス
恋愛
「あなたの浮気には耐えられなくなりましたので、婚約中の身ですが実家の屋敷に帰らせていただきます」 伯爵令嬢のシルファ・ウォークライは耐えられなくなって、リーガス・ドルアット侯爵令息の元から姿を消した。リーガスは反省し二度と浮気をしないとばかりに彼女を追いかけて行くが……。

処理中です...