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しおりを挟む「婚約破棄を破棄するのは破棄でお願いします」
破棄を破棄で破棄する。もうどういうことなのか分からないが、とりあえず結論は一択だ。婚約破棄だ。
「理由は?」
「メッサル様の女癖の悪さです」
そう言えば、父は不思議そうに首を傾げた。
場所は我が伯爵邸の、父である伯爵家当主の書斎。本を読む父の部屋に「たのもー!」と叫んで入ったら頭叩かれた。別に決闘しに来たわけではないのに、たのもーは無かったか。え、そういうことじゃないって?分からん。
「メッサル様は毎日色々な女性とデートされてます。これは明らかに不貞であり、婚約継続は不可能だと思われます。よって婚約を破棄したいです」
そう言えば、ますます父は怪訝な顔になるのだった。なんだ、私変なこと言ってる?
「メッサルの女癖が悪い?」
「はい」
「毎日デート?」
「はい」
「毎日じゃねえよ、たまに俺と剣の稽古してるぞ」
「そこ黙る」
父との会話に急に割り込んできた声。それはメッサル様の親友であるドルンだった。彼は我が伯爵邸の仕事を手伝う……というか、見習いでうちに来てるのだ。自分の家である侯爵家は兄がバリバリ仕事してて手出しできないのだとか。いずれは婚約者である私の妹と共にこの家を支えるのだから、と今から修行に来てるのだ。でももう夜だぞ、はよ帰れ。
普通なら長女である私がドルンと結婚してこの家の後継になるのだろうが……色々と事情がある。
というか、だ。
そもそもメッサル様が私との結婚を望まれたからこその婚約であったのに。伯爵家の娘が侯爵家に嫁げるなんて、と両親はとても喜んでいたのに。
婚約当初のそんな事を思い出して、不覚にも目に涙が浮かんだ。
そうだ、あの頃のメッサル様は優しかった。ぶっきらぼうながらも、表情に乏しいながらも、彼なりに私を気遣ってくれていた。毎日のようにお話していた。お茶を飲みながら、お菓子をつまみながら……彼はいつも私の下らない話を、楽しそうにして聞いてくれてたのだ。
それが学園に入ってから変わったのだ。
気付けば彼のそばにはいつも女性が居た。毎日のようにどこかの誰かとデートするようになった。
……私との会話は、それに比例して一気に少なくなった。
本当は嬉しかったのだ。久しぶりに話しかけてもらえたことが。
本当は悲しかったのだ。婚約破棄だなんて言われて。
でも私にだってプライドがある。ないがしろにしてくる婚約者に縋るような事はしたくない。だからこれは良い事なのだと、嬉しい事なのだと、喜ぶべきなのだと自分に言い聞かせた。
言い聞かせて納得したのに。
嘘だとか言われても、それは納得できない。乙女心を何だと思ってるのだろう。
ジワリと滲んだ涙を、私は慌てて拭った。
「毎日色々な令嬢やドルンとデートしてる方と結婚なんて出来ません。どうか婚約の解消を……」
「おい、俺らはデートじゃねえよ!」
「うっさい、黙れええ!」
もはや八つ当たり。
私は近くにあった分厚い本をムンズと掴み、ドルンへと思い切り投げたのだった。避けんなチクショー!
言いたいことは言ったと、私は頭を下げて書斎を出た。父はその間ずっと無言だった。
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