7 / 12
六夜目
しおりを挟む「ひいっ!」
悲鳴が漏れる。
寝台の足元側に置かれた鏡台。
そこに自分が映るのは当然のこと。
けれど当然ではない存在がそこに映っていた。
「ひ、ひいいいい!」
それは確に死んだ存在。
リルドランを唆し、毒殺したはずの存在。
公爵家令嬢──ジュリアだった。
元から白い肌は、けれど生前は美しい白磁の肌だった。
それが今や生を感じさせない、青白さをたたえていた。
美しい金髪はもはや輝く事はなかった。
何より瞳が恐ろしい。ドロッと濁って……どこまでも落ちてしまいそうな、深い闇が広がっていた。
「じゅ、ジュリア様!?ど、どうして……!」
寝台の上で腰を抜かしたまま後ずさる。
けれどそれはすぐに壁となり、後退を阻んだ。
鏡に映ったままのジュリアは、鬼の形相でこちらを睨み続けていた。
不意に。
「ひ!」
鏡の中のジュリアの手が動いた。
真っ直ぐに指を指す。
鏡の中から、ジュリアはシンディを指さした。
ゆっくりと口が開く。
ゆっくりと動く。
「……?」
何かを言ってるのだと分かった。
恐怖を忘れて口の動きに見入ったシンディは……やがて何を言ってるのか理解し、一気に血の気が引いた。
ゆ る さ な い
「い、いやあああ!」
叫んで部屋を飛び出した。
飛び出し、父親の部屋に飛び込む。
半狂乱の娘に困惑する男爵。
泣き喚き、ひたすら「ごめんなさい」と叫び続けるシンディ。それは今後毎晩続くこととなり……
ついには病院送りとなるのは遠くはなかった。
全てを見届けた。
シンディが心の療養のために入る病院へ送られるのを見やって、私は男爵家を後にした。
これでいい。
簡単には殺さない。
彼女の心には恐怖を植え付けた。
消える事のない悪夢が一生彼女を苛むだろう。
馬鹿な娘。
愚かな女。
私はお前を許さない。けして許さない。一生苦しむがいい。
許さない
殺してやる
毎晩彼女の耳元で囁いていたあの瞬間。
確かに私は笑っていたのだった。
※ ※ ※
シンディは始末した。
生きた屍にした彼女にはもう用は無い。
私のすべき事はあと一つだけだ。
さあリルドラン、終わりにしましょう。
私を殺した罪人の貴方は、本来なら処刑となるはず。
なのにのうのうと生きてるなんて許さない。
シンディに誑かされたとは言え、真に実行するかどうかを決めたのはリルドランだ。
生きてることすら許さない。
お前だけは許さない。
路頭に迷ったリルドランは、困り果てて教会に助けを求めていた。
それは間違いではないだろう。
事実そうする者も多いだろう。
本来なら教会も救いを求めてきた者の職を斡旋したり道を示してくれるだろう。
けれど状況が異質すぎた。
悪霊に取り憑かれたと噂の元伯爵家が子息。
それの行く先々では不幸が訪れるとは、もう有名のようだ。
教会もとりあえずの宿を提供してはいるが、早く出て行って欲しいと渋っているのは明らかだ。
そんな教会にちょっと霊障を起こせば……
「そ、そんな……これからどうやって生きていけば……」
あっさりと教会を追い出され、力なく項垂れるリルドラン。
ざまあみろ、いい気味だ。
笑いをこらえることも出来ず、私は大声で笑ってしまった。
深夜の人気の無い裏路地で。
リルドランに聞こえるように、私は笑い続けた。
「ひ!」
息が止まりそうな驚きようで、リルドランの顔は一気に青ざめる。
キョロキョロと周囲を見渡すが、声の主を見つける事が出来ずに居た。
ピチョン
「ひ!?」
それしか言えないのか。
ひいひいと馬鹿の一つ覚えのように、リルドランは小さな悲鳴を漏らし続ける。
ピチャ
水音が続く。
まるで足音のように。
いや、実際足音といえる。
霊体の私が、ありえぬ足音を鳴らしているのだ。
ピチャピチャと音を立てながら、私はリルドランに近付いた。
月明りも届かぬ闇の中、リルドランは明らかに焦っていた。
「だ、誰だ!?誰か居るのか!?」
そんな怯える彼の背後に私は立った。
そっと彼の頬に手を伸ばす。
「冷た……ひい!?」
その冷たさに驚いた彼は後ろを振り向き──腰を抜かす。
『こんばんは、リルドラン。久しぶりね』
「じゅ、ジュリア!?そんな馬鹿な!」
霊が人と話せるはずはない。
けれどそれが出来るのは、あの謎の声がくれた力ゆえだろう。
私に力が欲しいかと聞いて来たあの声は、結局何なのか分からない。
神か悪魔かはたまたそれ以外の何かか。
正体なぞどうでも良かったけれど。私に力をくれるなら、何でも良かったのだ。
青白い肌。
輝きのない髪。
濁った瞳。
どれも生きた存在には見えないだろう。
リルドランが腰を抜かすくらいには、それ相応の恐ろしい姿だと思われる。自分で自分の姿を確認しようとは思わないけれど。
『ねえリルドラン、私を殺して満足?今の状況に満足?貴方は幸せになれた?』
私の質問に、彼は答えることなくガタガタと震え続けた。
首を傾げて目で問うても、その目が恐ろしいと背けられてしまった。
困った。つまらない。これでは話にならない。
ついと手を上げ、力を振るった。
「ぐあ!?」
途端にリルドランが痛みで悲鳴を上げた。
情けない、指の一本が折れたくらいで。
『聞いてるのよ。質問に答えてよ。ねえリルドラン、私を殺せて満足?』
「あ、ああ……いや、いや違う。僕は何もしてない、何も悪くない」
『?何言ってるの、リルドラン』
「シンディだ。シンディが悪いんだ。僕を騙して……あいつのせいで、僕は!」
ああ、話にならない。
つまらない。
こんなにもつまらない男に惚れてたなんて、人生最大の汚点だ。恥だ。
「聞いてくれジュリア、僕は騙されていたんだ!僕は悪くない!僕はキミを愛してたんだ……そうだ、僕が愛してるのはキミだけなんだ!」
場がしらけるとはこの事か。
言うに事欠いて何を言い出すかと思えば……。
『貴方は愛する人を毒で殺すの?』
「だから違うんだ!あれは、あれは……シンディと、あいつが……!」
もういい、殺してしまおう。
そう思った時だった。
ポロっと謎の言葉をリルドランが口にした。
『あいつ……?』
「そうだ、あいつのせいで!あいつが毒の店を教えてくれたんだ。これで確実にキミを殺せって……あいつが、あいつとシンディが僕を……!!!!」
どうやら毒の店はリルドランが探したわけではなかったようだ。
そうか。
ならば標的が増えただけのこと。
『あいつって?一体誰のこと?』
言えば楽にしてあげる──
その言葉をリルドランがどう取ったかは知らないけれど。
彼は安堵した顔で、その名を口にした。
11
お気に入りに追加
193
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

〈完結〉ここは私のお家です。出て行くのはそちらでしょう。
江戸川ばた散歩
恋愛
「私」マニュレット・マゴベイド男爵令嬢は、男爵家の婿である父から追い出される。
そもそも男爵の娘であった母の婿であった父は結婚後ほとんど寄りつかず、愛人のもとに行っており、マニュレットと同じ歳のアリシアという娘を儲けていた。
母の死後、屋根裏部屋に住まわされ、使用人の暮らしを余儀なくされていたマニュレット。
アリシアの社交界デビューのためのドレスの仕上げで起こった事故をきっかけに、責任を押しつけられ、ついに父親から家を追い出される。
だがそれが、この「館」を母親から受け継いだマニュレットの反逆のはじまりだった。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)

幽霊じゃありません!足だってありますから‼
かな
恋愛
私はトバルズ国の公爵令嬢アーリス・イソラ。8歳の時に木の根に引っかかって頭をぶつけたことにより、前世に流行った乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったことに気づいた。だが、婚約破棄しても国外追放か修道院行きという緩い断罪だった為、自立する為のスキルを学びつつ、国外追放後のスローライフを夢見ていた。
断罪イベントを終えた数日後、目覚めたら幽霊と騒がれてしまい困惑することに…。えっ?私、生きてますけど
※ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください(*・ω・)*_ _)ペコリ
※遅筆なので、ゆっくり更新になるかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる