6 / 12
五夜目
しおりを挟む深夜遅く、男爵令嬢シンディはまだ起きていた。眠れないのだ。
ギリギリと爪を齧る彼女からは、苛立ちが見て取れる。
うまくやったつもりだった。
平民の中でも下の下、明日どころか今日を生きるのに必死の貧しい生活を送っていたあの日。
愛人の子として男爵家から迎えが来たときには、何が起きたのかしばらく理解出来なかった。
意味不明に連れてこられた男爵家で、手にした衣食住。
それまでの貧しい生活から一変したその世界は、クラクラするほどに美味な世界だった。
一度美味い思いをしてしまえば、もう元には戻れない。
正妻が亡くなったからと迎えられた男爵家は、生きるには十分だった。けれど使用人にも世間にも、愛人の子の居場所などあるわけもなく。
ならばこの手で掴むまでと、入れられた学園で獲物を物色した。
幸い容姿には恵まれたので──そのせいで、貧民街では色々身の危険を感じていたが──簡単に釣る事が出来た。
様々な男を味見した後、目を付けたのは伯爵家が令息、リルドランだった。
ほどほどの地位の伯爵家ならば申し分は無い。
何よりあの世間知らずの男は、自分の話に随分と食いついてきたものだ。
そしてちょいと色仕掛けをすれば、もう自分の虜。
そうして私は伯爵家の男を手に入れた。
ただ邪魔者が一人。
リルドランには婚約者が居たのだ。それも格上の公爵家。おいそれと婚約解消を申し出る事の出来ない相手だ。
よしんば申し出たとしても、莫大な慰謝料を支払う事になるだろう。
「いざとなれば駆け落ちしよう!」などとリルドランは気楽に言ってるが、それでは意味がない。
シンディにとって必要なのは、あくまで「伯爵家の男」なのだ。本気でリルドランを愛してるわけではない。その地位こそが最大の魅力にしてそれのみを必要としているのに。
伯爵家でなくなった男になど興味はない。
だが、他に程よい獲物はいなかった。捕まえられなかった。
ならばどうにかしてリルドランを伯爵家令息のままで完全に手に入れる必要があった。
挑発してみたが、婚約者の女から解消を言い出す事はなかった。
あまりやり過ぎて不貞を働いたと言われても困る。
何が最も得策か……考えに考えた結果……答えは一つとなったのだ。
「リルドラン様……私の為に貴方の地位を捨てさせるわけにはいきません。もしそんな事になってしまったら……貴方の家族と別れさせるなんて悲しいことになってしまったら、私は耐えられません。そんな事になったら私は罪の意識に苛まれ、この命を断つこととなるでしょう」
そう言えば、リルドランは慌てて駆け落ちを否定する。
けれどじゃあどうすれば……と苦しむ彼に私はこう囁けばいいのだ。
「ああ……あの方さえいなければ……ジュリア様が居なければ、私達は一緒になれるのに。あの方が邪魔さえしなければ。居なければ……」
私は言っただけだ。
ただ何気なく言っただけなのだ。
あの馬鹿な男はそれだけで簡単に動いた。
どこからか毒を入手し。
あっさりあの女に飲ませた。そしてあの女は簡単に死んだ。
そうよ、私は勝利したのよ!
これで障害は無くなった。私達は結婚し、私は伯爵夫人の地位を手に入れるはずだったのに!
それなのに!
あれよあれよとリルドランの家は没落していった。
何もかもが上手くいかず。
不幸のオンパレードの中で、更に家がおかしいときたものだ。
目に見えぬ何かによって家が破壊されるというのだ。
物が飛び交い、破壊され、声がし、何かの気配を感じ。
幽霊屋敷
そう呼ばれるのは早かった。
更にリルドランの親友たちが相次いで狂い自殺していった。
元凶はリルドランだと誰もが思った。
その結果、彼は伯爵家を追い出されたと聞いた。
どういうことだ
どういうことだ
どういうことだ!!
私はうまくやったのに。
私は何も間違ってないというのに。
ミスなんてしてないのに!
どうして私は男爵家令嬢の立場すらも失いかけてるの!?
少し表立ってリルドランと一緒に居すぎたのが悪かったのか。
リルドランの周囲で起こる怪奇現象は、死んだ婚約者──ジュリアの仕業だと噂されるようになった。
彼女の自殺の原因は、婚約者であるリルドランが浮気してると思っての事だからと。
当初は勘違いと思われていたのに、段々と周囲が私の存在に気付き始めた。気付いて、責めるようになった。
大した地位も力も持たない男爵家。
公爵家令嬢の自殺要因となったなら、あっという間に家は潰されるだろう。
焦った父親は、シンディに出て行くよう命じたのだ。
庶民で生きていけるように配慮はすると。
だがこれ以上男爵家に置くわけにはいかないと言われたのは、夕食の場での事だった。
食事はほとんど喉を通らず、ひたすらに父に泣いて懇願したが聞き入れられる事はなかった。
早急に荷物をまとめるように。
それが父の最後の言葉。
寝台の上で、シンディは膝を抱えて頭を悩ませていた。
ギュッと握りしめた膝が痛い。
一体何が起きてこうなってるのか。
混乱した頭を整理しようと、何気なく顔を上げた時だった。
シンディはその光景に目を見開いた。
11
お気に入りに追加
193
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

幽霊じゃありません!足だってありますから‼
かな
恋愛
私はトバルズ国の公爵令嬢アーリス・イソラ。8歳の時に木の根に引っかかって頭をぶつけたことにより、前世に流行った乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったことに気づいた。だが、婚約破棄しても国外追放か修道院行きという緩い断罪だった為、自立する為のスキルを学びつつ、国外追放後のスローライフを夢見ていた。
断罪イベントを終えた数日後、目覚めたら幽霊と騒がれてしまい困惑することに…。えっ?私、生きてますけど
※ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください(*・ω・)*_ _)ペコリ
※遅筆なので、ゆっくり更新になるかもしれません。

【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。
キーノ
恋愛
わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。
ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。
だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。
こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、押しと穏やかに過ごしますわ。
※さくっと読める悪役令嬢モノです。
2月14~15日に全話、投稿完了。
感想、誤字、脱字など受け付けます。
沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です!
恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる