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ほくそ笑む
しおりを挟む遠い異国の地へ家族と共に移り住んで数年が経過した。公爵家当主である父には無理をさせてしまったなと申し訳なく思う。
きっと手続きは大変だったことだろう。
だが王太子との破談を理由にすれば、王家も他貴族も強く引き留める事は出来なかったらしい。
彼らからしても、王太子と聖女の婚約は魅力的だったのだろう。
最初は慣れない土地に四苦八苦する両親を見ては後悔することもあったけれど。
今となっては国を出て良かったと心から思った。
バルコニーで優雅にお茶を飲みながら、ほうと息をついた時だった。パタパタと可愛らしい足音が近づいてきたのは。
「おかあさま、ご本読んでください!」
「アイシャ、走っては危ないわよ」
「大丈夫です!」
どこにそんな自信があるのか分からないほど危なげな足取りで、幼いアイシャは私の元へと駆け寄って来た。
よいしょっとよじ登って私の膝に座る。その様が愛しくて思わず笑ってしまった。
良いところがあると父が言った場所はこの国のことだった。私が王太子と婚約をしてると知らなかった、この国の貴族の男性が私に求婚してきたのだと父は言った。──どこかのパーティで偶然私を見かけたらしい。
当然断ったわけだが、その直後にあのような婚約破棄事件が起きたわけで……父が急ぎ連絡したところ、良い返事を貰えた、というわけだ。
婚約破棄されたのでどうか、などと虫のいい話をけれどおおらかに受け入れてくれた人。
それが今の私の旦那様。愛しい旦那様となった。
可愛い娘を授かり、部屋では生まれて間もない息子が眠っている。
幸せな、幸せな日々。
それは手に入らないと思っていた日常だった。
きっとあのままバルト様と結婚していたら、私はこのように平穏で幸せな日々は送れなかったに違いない。
──今の祖国の現状を見れば、それは確信となる。
懐かしの祖国。聖女を抱えたあの国は、かつて私が暮らしていた時と大きく変わっていた。
聖女の力に惹かれるのか、魔物が数カ月おきに大挙するようになったらしい。その都度聖女や騎士団が出て追い払っているらしいが、毎度被害は甚大だ。聖女が居たとしても、犠牲は出る。
更に賊が増えたと聞く。彼の国に向かう道には必ず賊が現れる──ということから、商人の出入りが激減したらしい。
明らかに国力が衰えている。そして平穏な日々とかけ離れてしまったようだ。
かつての友の事を考えると胸が痛む。だが私にできる事は何もないのだ。
バルト様に至っては、最近寝たきりになられたと聞いた。どうやら魔物にやられた傷が原因らしい。──聖女の力でもどうにもならない、という話なのだが……本当だろうか?
幸せな日々を過ごしながら、かつて相まみえた聖女の顔を思い出した。
純粋で、どこまでも純粋な光を目に宿した聖女ミリー様。
今思えば、彼女がついた嘘によって為された婚約破棄のおかげで、今の私の幸せがあるのだ。
偶然だったのか仕組まれたものだったのか。
聞ける相手は側には居ない。聞くつもりもない。人生にタラレバはないのだ。
だがもしこれこそが聖女の狙いであったのなら。
阿呆なバルト様から私を自由にしてくださり、あの国の苦難を予期して私の代わりに王妃として全てを受け止めてくださったのなら。
「ありがとうございます──」
かつて言われた『おめでとうございます!』に対する返答を今しよう。届かない礼を、彼女に届けよう。大丈夫、きっとこの言葉は彼女に届く。
だって彼女は聖女だから。
不思議そうに私を見上げるアイシャにニコッと笑みを向けてから。
娘以外いないバルコニーで私は空を見上げ。
静かにほくそ笑んだ──
~fin.~
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