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第三章〜滅ぼされた村
6、
しおりを挟む落ちた短剣を拾い上げ、危なくないように布でくるもうとして、カズアが制止する。手には短剣の鞘。クルンと持ち返して持ち手の部分をカズアに差し出せば、そっと受け取って鞘へと収める。なんとも無気力な、ノロノロとした動きに苦笑する。
「気が抜けたか?」
「そうだな。あんなに苦労して逃げて……倒すどころか一矢報いることすら出来なかった相手だからなあ」
言ってカズアは俺を見る。「あんたが……」その後に続く言葉はない。だが俺にはハッキリと聞こえた。
──お前がもっと早く……十年前に村を訪れていたなら──
それは幾度となく聞いた怨嗟の声。そう、呪いの言葉だ。
魔王を倒した俺にかけられる祝福とねぎらいの声。と同時にかけられたのは、悲しみにくれる悲痛な叫びだった。
『なぜもっと早く魔王を倒してくれなかった!』
『お前が早く倒していれば、私の夫は死ななかったのに!』
『息子を返せ!』
『お前が遅かったからだ!』
『十二年もかけやがって!!!!』
実に身勝手な言葉だ。
魔王が君臨して数百年、誰一人として倒すことが出来なかった存在。それをわずか十二年で倒したのだ。非難される覚えはない。
だが俺は俺に投げつけられる心無い言葉を、甘んじて受け止めてきた。俺に怒りをぶつける連中は、けして俺を傷つけようと思っているのではない。ただ理不尽な怒りをぶつける相手が欲しかっただけ。悲しみで押しつぶされそうな気持ちを、俺にぶつけることでなんとか踏みとどまっていたのだ。
そうでなければ、悲しみに押しつぶされて、命を断っていたから。
実際、魔族に身内を殺されて、自らの命を断つ者は大勢いた。旅の道中でそういった話を見聞きしては、更に魔王への怒りを燃やし、打倒魔王という目標を失うことなく旅を続けることができた。
悲しみに、怒りに苦しむ人がいるからこそ、やる気になるなんて皮肉な話である。
そんな怒りや悲しみの恨みつらみな声は、最初こそ多かったが、この十年で激減した。俺が定住の地と選んだあの村では、一度もそういった経験はない。まあ村人は俺が勇者だと知らなかっただけだが、知っていても怒りをぶつけるような奴はいなかっただろう。
カズアは俺が勇者だとは知らない。それでも、強い者が村を救ってくれていたらと思う気持ちはあるだろう。あって当然だ。
「なんだよ?」
怒りをぶつけたければぶつければいい。俺はそれを受け止める。そう思って続きを促すも、「なんでもねえよ」と言ってカズアはそっぽを向いた。
村が滅んで十年。それだけあれば、怒りや憎しみが浄化されるには十分だろう。直後ならばともかく、今更俺に怒りをぶつけたところで……といったところか。
そう、村が滅んで『十年』、なのだ。
「なあカズア」
「あん?」
名前を呼んだだけで睨まないでくれ、恐い。元々目つきが悪いって? そうか、お前に可愛い子供時代があったのか、はなはだ疑問だ。産まれた時からそんなオッサンだったんじゃないのかと思ってしまう。……まあ十年前はまだギリイケメン、今や野暮ったいオッサンの俺が言えた義理ではないが。
「この村、滅んで十年……魔王討伐直後なんだよな?」
「そうだよ」
「五年前、じゃなく?」
「だから十年前だって言ってんだろ。五年前なんて、とうにこの村は無くなっている」
「そうか……」
俺の質問に、怪訝な顔を向けるカズア。そこに嘘は感じられない。数多の修羅場をくぐった俺だ、相手の嘘くらい見抜ける。つまりカズアは本当のことを言っている。
ではあの子供達が言っていたことは?
『魔族はここを……俺達の村を滅ぼしたんだぞ!』
『それはいつのことだ?』
『五年前だよ!』
先ほどの会話が思い出される。
あの子供達は、明らかにシャティアと同じか年下だった。つまり十年前は、まだ産まれていない。勘違いしているとも考えられるが……。自分が産まれる前か後かなんて、間違えるものか?
「どういうことだよ……」
「なにがだ?」
俺の呟きが聞こえて、首をかしげるカズア。対して俺は難しい顔を奴に向ける。
「なにか気になることでもあんのか?」カズアに問われて、顔を上げる。
「あんた、さっきここに来てた子供の名前、なんて言ってた? たしかザッシュと……」
「ザッシュとモンドリー。今年十二歳になるガキどもだ。最近自分らが産まれた、二歳まで住んでいた故郷の村に興味もっちまいやがってよ。物心つく前の、記憶もない村だってのにな。大きくなって親に連れられて来てから、頻繁に来るようになったんだ。危ないからやめとけって怒られても懲りやしねえ」
ま、そのくらいの年齢ともなれば無茶しやがるもんだし、俺もそのくらいの歳は無茶してたけどよ。
そう言ってカズアは笑う。
「とはいえ、まさか魔族が来るとは思わなかった。まああんたが倒してくれたが……やっぱガキどもだけで来るのは危険だと、きつく言ってやらねえとな」
ガキらはどこだ?
言ってカズアはシャティアのほうを見る。シャティアは今もって、狼と戯れていた。その背後では、苦笑して見守っているエリン。他に姿はない。
だが俺は戸惑っている。
「十二歳……?」
そんなはずはない。俺が見た二人は、確かにシャティアよりも幼くて……十にも届かない年齢のはず。
「どういうことだ?」
首を傾げて、俺は魔族の遺体のほうを向いた。
子供二人が立っているのに気付いたのは、その時のこと。
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