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第三章〜滅ぼされた村
4、※最初シャティア視点
しおりを挟むいくら男の子でも、私より小さな子供の足は、それほど速くない。逃げる二人に私は難なく追いついた。
「がむしゃらに走ったら、危ないよ」
足元には、ゴツゴツした大きな岩やレンガも多い。大人ならヒョイと軽々超えられるそれも、子供にとってはちょっとした障害物だ。逃げるように走る二人の足取りは、見ていて恐いものがある。
声をかけたら、二人はハッとなって立ち止まった。振り返る表情は、どこか不安げだ。
「見つかったらまずいの?」
「……怒られる」
「そっか」
私の問いに頷く様子は、幼い子供そのもの。私も子供だけれど、より幼い子は可愛いねと思う。弟はいないけれど、欲しいと思ったことはあるのだ。ポンポンと頭を撫でてあげれば、フンッと照れた顔をするのがまた可愛い。
「シャティア、あんまり離れるとあんたのパパが心配するわよ」
「大丈夫、エリンがいるもの」
信用しているよと言えば、心なしかエリンの頬が赤くなった。美人で色っぽいエリンと一緒にいると、パパ……レオンが鼻の下を伸ばしたりして嫌だなと思うこともある。でも彼女は別にレオンを誘惑するとかもないし、とても優しくて私は大好きだ。
「お前、なんで魔族なんかと一緒にいるんだよ」
不意に男の子の一人が、私に向けてそう質問してきた。見れば、怯えているようで怒っているようで……複雑な顔をしている。
「だってエリンはいい人だもの」
「人じゃないだろ!」
「いい魔族だもの」
言い直したら「いい魔族なんて居るものか!」と言われてしまった。うーん、なにをどう言っても怒るんだなあ。男の子って難しい。
そもそも私には同年代の友達がいない。今の状況が、だからではない。元からいないのだ。ママ二人と暮らしていたころは、村が近くにあるけれどけして村には属さないところに、ポツンと家が建っていた。そこで私とママ達と三人で暮らしていたのだ。
物資の調達のために村には行けども、ママ達から離れたことがない。だから同年代と遊んだこともないし、友達も一人もいなかった。それで寂しいと思ったことはないけれど、ちょっと退屈だったかも。
そう思ったら、レオンとの旅は退屈知らずだなと思う。
とにかくあの人は……レオンは騒がしいから。なんていうのかな、トラブルメーカー? この前の御者のオジサンの息子さんを救出した時もそうだけど、大したことないはずの話が大きくなる。結果としてエリンという魔族が仲間になったりね。
ま、そんなわけで、私は同年代との接し方が分からない。
「ねえ」だから知りたいと思う。
「なんだよ」
「一緒に遊ぼう」
「はあ?」
「遊び方、教えて!」
「ヤだよ。なんで俺らがそんな……」
「ね。いいでしょ?」
ニッコリと微笑んで言えば──レオンが「困った時はとりあえず笑っとけ。お前の容姿なら、大概それで平和的解決が望める」って言ってたんだよね──真っ赤になる男の子二人。
「どうする?」
「俺は別にいいけど……」
それが答え。私はワクワクして二人に駆け寄るのだった。
背後でエリンが「末恐ろしい……」と言っているのが聞こえたけれど、どういう意味だろ?
* * *
数時間後。
重たい岩や木を運んでいたら、腰がグキッと言ったので一旦そこで作業を中断する。
「こ、腰が……」
「んだよ、だらしねえなあおい」
男……カズアと名乗ったそいつが、白い目で俺を見る。
でもちょっと待て。お前最初こそは俺と一緒に作業していたけど、ひとたび何か物が見つかれば「お、懐かしい」とか言って思い出に耽ってたよなあ? でもって俺には「そこの岩どけろ」「そのタンスの残骸はそっちへ運べ」とか命令して、アゴでこき使ってませんでしたかね!?
いくら元勇者でも、40代にはキツイ作業なんだけど!
「くそ、こんなことに回復魔法を使う羽目になるとは……」
僧侶ほどではないにしろ、勇者だって回復魔法くらいは使える。初歩程度だが、腰痛くらいには効くだろう。そんなことに神の祝福な力を使っていいのかと思うが、神よ許せ、俺はきっと腰のために回復魔法を覚えたんだ。多分。
んなわけないだろって神の声が聞こえた気がするが、聞かなかったことにして腰に魔法をかける。
「ガキどもがよくこんな場所に来るよな。大人の足で二時間って、子供なら何時間だ?」
いや、子供ならば身軽だし、ある意味大人より体力は無限だ。頻繁に通っているなら体力もついているのだろうか。
「いくらもう村を滅ぼした元凶が居ないからって、不用心な。親は何しているんだ?」
ガキの正体を知っていると思われるカズアに聞く。
「たしかあいつらの親は、それぞれ共働きだったかな」
「兄弟なのか?」
「いんや。似てないだろ」
「そうだったかな」
言われて思い出す、少年二人の容姿。
二人とも黒髪黒目で、ソバカスがあって……直毛と縮毛の違いはあれど、よく似ていたと思うが。
まあ人の感性なんてそれぞれだ。俺は出会って間もないから似ていると思うのかもしれないが、二人をよく知っている人物には似ていないのかもしれない。
「それにしても……村が滅んで五年程度で、随分朽ちたもんだよなあ」
手に持った家の一部だった木は、持った瞬間にボロボロと崩れ去る。まあ雨風にさらされたらこんなもんか?
しかしカズアは俺の言葉に顔を上げて、怪訝な顔をする。
「五年?」
「え?」
何かおかしなことを言ったか? と首を傾げた俺の耳に、不意に声が届いたのはその瞬間。
「おやおや。久しぶりに通りがかったかと思えば……まだ人間が残っていましたか」
「!!」
気配は無かった。今の今まで、俺とカズアと……少し離れた場所に感じるシャティアとエリンの気配しか感じていなかった俺の耳に、突如届く第三者の声。
「誰だ!」
振り返った俺の視線の先で、バサリと音が聞こえる。
黒い黒い……巨大な黒き翼を広げ、頭部から角を生やした男が一人。
年齢を感じさせない、若く美しい魔族の男が立っていた。怪しげな笑みをたたえて……楽し気に、魔族は笑っていた。
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