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第三章 【吸血鬼伯爵の優雅ではない夜】
15、
しおりを挟む「えーっとあの双子山を目印に西側の大きな山の奥と……で、ここどこ?」
ヘルシアラが見事な方向音痴を披露し、迷子になっているのを誰も知らない頃。
アルビエン伯爵邸は珍しい大勢の来客に賑わっている。
不老不死の伯爵を筆頭に、人狼、そして吸血鬼が五人。人間のディアナは現在席を外している。
ドランケのかつての旅仲間である三人を前に、伯爵には懐かしむ気配は無い。特に彼はエルマシリアが嫌いだ。自身だけではなくディアナにまで敵意むき出しだから。
彼女の殺気に比べれば、ヘルシアラなんて可愛いものだ。
「とりあえず、その殺気を消してくれるかな」
あからさまな態度にそう言えば、エルマシリアはフッと笑って気配を消した。「ほんの挨拶代わりよ」とうそぶく。
対してアーベルンとダンタスは笑みを浮かべて、伯爵にヒラヒラと手を振る。もちろん伯爵は振り返さない。
ドランケは不機嫌そうに腕を組んで、彼らの様子を見ている。不機嫌というより、その表情はすねているよう。
「ふうん、あなたがアルビエン伯爵とやらですか」
そんな彼らの様子を見て、興味深そうに伯爵をジロジロと見る無遠慮な視線。伯爵と初対面のブルーノリアである。
値踏みするような視線をヒラリと受け流し、伯爵は興味なさげに欠伸を一つしてから聞く。
「お前がドラ男をさらったやつか。吸血鬼ハンターの少女に会わなかったか?」
言わずもがななヘルシアラのことだ。だが反応を返したのはドランケ。
「おい、あいつがどうしたって?」
「キミを助けると言って飛び出して行ったよ」
伯爵の言葉にドランケは天井を仰ぎ見る。
「俺より弱いくせに、あのバカ……」
「ドランケを救出して私に惚れさせよう、とかいう作戦立ててたぞ」
「よし、セーフセーフ」
モンドーの追加説明に、思わず額の汗をぬぐうドランケ。心配なのかどうでもいいのか、どっちだ。
「あら残念」と、ヘルシアラの不在を残念がるのは彼女の好敵手なエルマシリアだけ。
「今世のヘルシーはまだ若いって聞いたのに。以前会った時は結構な年齢になってて、つまらなかったから楽しみにしていたのに、居ないなんてね」
クスリと笑って、ペロリと真っ赤な唇を舐める。その仕草に、顔をしかめるのはドランケ。
「お前まさか、ヘルシアラを吸血する気じゃないだろうな」
「したいけど絶対彼女嫌がるだろうから、今のところその目的を達成する目処は立っていないわ」
「物好きな奴め」
「なによ、ヘルシー可愛いじゃない。私は好きよ、ああいう熱くて真っ直ぐな子。あなたに向けるあの熱のこもった眼差し、いつか私に向けて欲しいわあ……」
「あいつが女である限り、一生無理だろ」
「あら、私は男女どちらでも気にしないわよ」
「あいつが気にする。というかヘルシーってなんだ」
「愛称に決まってるでしょ」
健康志向か。
と言いかけたのはドランケか伯爵か。どちらも口にしなかったのは、これ以上寒い空気にしたくないという無意識の防御。
「で、ディアナは?」
ヘルシアラの話題をあっさり終わらせ、次の話題はディアナに関してだとエルマシリアが話をふる。
「彼女の懐かしい匂いはするけれど、姿は見えないわね。アルビエン、あなた隠してるの?」
「そりゃ隠したくもなるさ。キミらのような……いや、エルマシリア、キミのような危険人物が来ているんだ。だが僕には彼女の行動を束縛する権利はない。単に彼女の好意でお茶とお菓子の用意をしてくれているだけさ」
ディアナはどうしたのか、モンドーに聞いたままを伯爵が伝えれば、エルマシリアの顔がパッと輝く。
「じゃあもうすぐここへ来るのね? ああ楽しみ! 一人で用意なんて大変でしょうし申し訳ないわ、私も手伝いに……」
「ノーサンキュー。あんたが行くくらいなら俺が行く。というかそうだね、ディアナ一人にさせるべきじゃない。伯爵、俺行ってくるよ」
「ああ頼んだよモンドー」
喜々として立ち上がるエルマシリアを制し、モンドーは調理場へと向かう。
「ディアナとは?」
これまた彼女と面識のないブルーノリアの問い。
「ドランケの恋人よ」
肩をすくめて答えるのはエルマシリア。
「ディアナさんはね、料理がとっても上手なんだ」
何度かその上手とやらな料理を口にしたことがあるアーベルンが、顔をほころばせる。何が食べれるのか楽しみでしょうがない、というその表情はまさに少年。もっと幼い容姿をもつモンドーのほうが、大人びて見える。
「今のディアナは幾つなんだ、ドランケ?」
「俺が知るかよ、アルに聞け」
アル言うな、と伯爵が言うより早く、ダンタスが「幾つなんだ?」と馬鹿正直に聞いてくる。「女性の年齢を教えるわけがないだろう?」と返して、それよりも問題は呼び方だとばかりにドランケに注意する伯爵。
みながみな知っているディアナという女性に俄然興味がわくブルーノリア。
伯爵も興味深いが、それ以上に人間の女性のほうが気になるのが吸血鬼。
吸血鬼や不老不死の変人(……と自分で言っちゃうブルーノリアも、立派な変人)と親しくて、それでいて美しい女性。
(さて、鬼が出るか蛇が出るか……)
伯爵はともかく、美にうるさい吸血鬼が揃って美しいという女性を前にした瞬間、ブルーノリアは彼女を鬼と思うか蛇と思うか。
さてさて。
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