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第四章 【人狼の少年】
1、
しおりを挟む少年は振り返る。
思えばつまらない人生だった、と。
人と人狼のハーフとして生まれた自分は、どっちつかずの半端者。人として生きるには、成長しないその容姿はあまりに異質。満月の夜には狼に変化する時点で、自分は人間とは言えない。
かと言って、完全な人狼でもない。
人間の母の血が邪魔をし、自由に狼に変化できない。それは人狼にとって、異質すぎる存在を意味していた。
更に成長が止まり、彼はずっと子供のまま。
人狼は大人になってこその最強。
いつまでも子供のままで、そして自由に狼になれない彼は、やはり人狼からも疎まれていた。
姿は少年、けれど寿命は人狼な彼は、この世に生まれ出でてから既に50年を生きる。
人間の母はとうに亡くなった。
母が亡くなった直後、父は行方をくらました。
それまで自分を守ってくれていた存在を、少年は一夜にして失ったのである。
とはいえ姿は子供、それをうまく利用すれば周囲は彼を助けてくれる。見知らぬ土地、少年を知らぬ者の場所へ行けば、必ず彼を保護してくれる者が現れた。
だが次第に、成長をしない彼に奇異の目を向けるようになる。
それが畏怖へと変わるのに、それほどの時間は要しない。人間の時間はあっという間に過ぎていくから。
最後には化け物とののしられ、追い出されたり危害を加えられることになる。それはどこへ行っても、同じ。
ならばと少年は一カ所に留まらないことにした。
どんなに気に入った場所でも、長くて一年。
そうして少年は、誰とも仲良くなることも愛されることも愛することもなく、ただ生きるために旅を続ける。
そして生まれて百年が経過しようかとしたその時、彼は再会を果たすのだ。
「父上……」
人狼の父親に。
人狼の里で、少年は父親に再会した。
別れて半世紀以上が過ぎていようとも、その姿をけして忘れたことはない。姿は子供でも精神はすっかり大人になった彼は、けれどやっぱり親との再会は嬉しいものだ。
だが、少年と同じように父親も喜ぶかと言えば、そうではなかった。自分と同じ思いを共有することは難しいことだと、少年は知らなかった。
「私を父と呼ぶな、この出来損ないめ」
「──!!」
言われたことをすぐには理解できず、言葉を失う少年。
ふと周囲を見れば、父のそばには複数の人狼が目を光らせていた。
「父上?」
「呼ぶなと言ったであろう! 私は、お前もアレのことも忘れたいのだ!」
アレ……それはつまり、父がかつて愛した母のことであろう。
あんなにも愛し合っていた二人。共に自分たちの世界を捨て一緒になったというのに。母の死を、あれほどに悲しんでいたのに。
だというのに、父は簡単に切り捨てるのかとショックを受ける。
父は人狼の里に戻り、長となっていた。すっかり人狼の世界に戻った父は、母や自分との記憶を封じ込め、無かったものにしようとしている。
それがあまりに悲しくて寂しくて辛くて……悔しくて。
どうか共にあれなくてもいい、自分のことはいいから母のことは忘れないで欲しい。
ただそう叫んだ。
叫んで、気付けば自分は地面に横たわっていた。
(ああ、俺は死ぬのか──)
父の手によって、八つ裂きにされた。殺されはしなかったものの、もう死神は目の前に迫っている。
思えばつまらない人生だった。ただ生きるためだけに、生きた。
(ここで死んでも、なんら悔いはないさ)
むしろせいせいする。
そう思って見上げた空には、満月が浮かぶ。どこか遠くで聞こえるのは、人狼の遠吠えか狼のそれか。
もう自分には関係ない。死にかけの身では、狼に変化することもできないのだから。
そう思って目を閉じた。
だが死神ではない足音が聞こえるのは、その直後。
ガサリと地面を踏みしめる音がする。
「おや、こんなところに人狼の子供がいるね」
俺は人狼ではない、完全な人狼ではないのだ。そして見せかけだけの子供。
そんなことを言ったところでどうなるか分からないし、言っても意味はない。そもそも父に喉笛を噛み砕かれて、話すこともできない。
ただ虚ろな目でその人物を見上げた。地面に横たわった自身の体は、もう動かない。目だけが最後。
そしてその目は満月より眩しい金の輝きをとらえる。その眩しさに、思わず少年は目を細めた。
「キミの名前は?」
「……」
「ああ、喉が潰れているんだね。ちょっと待って」
声から男性だとは分かるも、深くかぶったフードのせいでよく見えない。ただ垂れる長い金の髪がサラリと少年の頬を撫でた。
男が手を伸ばし、少年の額や頬、喉に触れる。
「あ……」
それだけで癒される。少年の傷はあっという間に完治した。
「これは一体……」
「キミの名前は?」
驚きながらも、動く体にまかせてゆっくり起き上がれば、また男が同じ質問をしてきた。
「モンドー」
「そうかモンドー。私と一緒に来るかい?」
そう言って、男はフードを脱いだ。
そこに見えた男の美しさに、モンドーは息を呑む。
まるで神のようだと思う彼の前に、男は手を差し出した。
「私はアルビエン・グロッサム。宜しくモンドー」
手をとるのが当然というように、悠然とアルビエンと名乗った男は微笑んだ。
吸い寄せられるように、モンドーは男の手をとる。
アルビエン伯爵と人狼モンドーは、こうして出会った。
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