上 下
46 / 48
第四章 【人狼の少年】

1、

しおりを挟む
 
 少年は振り返る。
 思えばつまらない人生だった、と。

 人と人狼のハーフとして生まれた自分は、どっちつかずの半端者。人として生きるには、成長しないその容姿はあまりに異質。満月の夜には狼に変化へんげする時点で、自分は人間とは言えない。
 かと言って、完全な人狼でもない。
 人間の母の血が邪魔をし、自由に狼に変化できない。それは人狼にとって、異質すぎる存在を意味していた。

 更に成長が止まり、彼はずっと子供のまま。
 人狼は大人になってこその最強。
 いつまでも子供のままで、そして自由に狼になれない彼は、やはり人狼からも疎まれていた。

 姿は少年、けれど寿命は人狼な彼は、この世に生まれ出でてから既に50年を生きる。
 人間の母はとうに亡くなった。
 母が亡くなった直後、父は行方をくらました。
 それまで自分を守ってくれていた存在を、少年は一夜にして失ったのである。

 とはいえ姿は子供、それをうまく利用すれば周囲は彼を助けてくれる。見知らぬ土地、少年を知らぬ者の場所へ行けば、必ず彼を保護してくれる者が現れた。
 だが次第に、成長をしない彼に奇異の目を向けるようになる。
 それが畏怖へと変わるのに、それほどの時間は要しない。人間の時間はあっという間に過ぎていくから。

 最後には化け物とののしられ、追い出されたり危害を加えられることになる。それはどこへ行っても、同じ。
 ならばと少年は一カ所に留まらないことにした。
 どんなに気に入った場所でも、長くて一年。

 そうして少年は、誰とも仲良くなることも愛されることも愛することもなく、ただ生きるために旅を続ける。

 そして生まれて百年が経過しようかとしたその時、彼は再会を果たすのだ。

「父上……」

 人狼の父親に。
 人狼の里で、少年は父親に再会した。
 別れて半世紀以上が過ぎていようとも、その姿をけして忘れたことはない。姿は子供でも精神はすっかり大人になった彼は、けれどやっぱり親との再会は嬉しいものだ。
 だが、少年と同じように父親も喜ぶかと言えば、そうではなかった。自分と同じ思いを共有することは難しいことだと、少年は知らなかった。

「私を父と呼ぶな、この出来損ないめ」
「──!!」

 言われたことをすぐには理解できず、言葉を失う少年。
 ふと周囲を見れば、父のそばには複数の人狼が目を光らせていた。

「父上?」
「呼ぶなと言ったであろう! 私は、お前もアレのことも忘れたいのだ!」

 アレ……それはつまり、父がかつて愛した母のことであろう。
 あんなにも愛し合っていた二人。共に自分たちの世界を捨て一緒になったというのに。母の死を、あれほどに悲しんでいたのに。
 だというのに、父は簡単に切り捨てるのかとショックを受ける。

 父は人狼の里に戻り、おさとなっていた。すっかり人狼の世界に戻った父は、母や自分との記憶を封じ込め、無かったものにしようとしている。

 それがあまりに悲しくて寂しくて辛くて……悔しくて。

 どうか共にあれなくてもいい、自分のことはいいから母のことは忘れないで欲しい。
 ただそう叫んだ。

 叫んで、気付けば自分は地面に横たわっていた。

(ああ、俺は死ぬのか──)

 父の手によって、八つ裂きにされた。殺されはしなかったものの、もう死神は目の前に迫っている。

 思えばつまらない人生だった。ただ生きるためだけに、生きた。

(ここで死んでも、なんら悔いはないさ)

 むしろせいせいする。
 そう思って見上げた空には、満月が浮かぶ。どこか遠くで聞こえるのは、人狼の遠吠えか狼のそれか。
 もう自分には関係ない。死にかけの身では、狼に変化することもできないのだから。
 そう思って目を閉じた。

 だが死神ではない足音が聞こえるのは、その直後。
 ガサリと地面を踏みしめる音がする。

「おや、こんなところに人狼の子供がいるね」

 俺は人狼ではない、完全な人狼ではないのだ。そして見せかけだけの子供。
 そんなことを言ったところでどうなるか分からないし、言っても意味はない。そもそも父に喉笛を噛み砕かれて、話すこともできない。

 ただ虚ろな目でその人物を見上げた。地面に横たわった自身の体は、もう動かない。目だけが最後。

 そしてその目は満月より眩しい金の輝きをとらえる。その眩しさに、思わず少年は目を細めた。

「キミの名前は?」
「……」
「ああ、喉が潰れているんだね。ちょっと待って」

 声から男性だとは分かるも、深くかぶったフードのせいでよく見えない。ただ垂れる長い金の髪がサラリと少年の頬を撫でた。
 男が手を伸ばし、少年の額や頬、喉に触れる。

「あ……」

 それだけで癒される。少年の傷はあっという間に完治した。

「これは一体……」
「キミの名前は?」

 驚きながらも、動く体にまかせてゆっくり起き上がれば、また男が同じ質問をしてきた。

「モンドー」
「そうかモンドー。私と一緒に来るかい?」

 そう言って、男はフードを脱いだ。
 そこに見えた男の美しさに、モンドーは息を呑む。

 まるで神のようだと思う彼の前に、男は手を差し出した。

「私はアルビエン・グロッサム。宜しくモンドー」

 手をとるのが当然というように、悠然とアルビエンと名乗った男は微笑んだ。
 吸い寄せられるように、モンドーは男の手をとる。

 アルビエン伯爵と人狼モンドーは、こうして出会った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...