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第三章 【吸血鬼伯爵の優雅ではない夜】

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 世界が闇に包まれる時刻、空に浮かぶは真円の月。そんな中での「こんにちは」は実に珍妙な挨拶。
 けれど夜を主な行動時間帯とする彼ら──吸血鬼にとっては、それは至極普通なのである。

 ドランケをさらった吸血鬼ブルーノリアは、洞窟の外へと目を向けた。

「やあアーベルン、キミはいつまでも幼いままだね。肉体年齢を上げようとは思わないのかい?」

 ショートな黒髪を払い赤い目を細め、ニコリと無邪気な笑みを浮かべる少年。人ならば15、6歳といった、どこか幼さの残る吸血鬼は肩をすくめる。

「この容姿だと、大概の奴は警戒心を薄めるからね。特に女性には効果的だよ」
「ならもっと幼いほうがいいんじゃないのか?」

 作戦だよと笑う少年吸血鬼を嘲笑うのは、大きな体を揺らす吸血鬼。
 美形ぞろいの中で、その存在は浮いたようにも見える。だが不思議となじんで見えるのは、彼のその体こそが肉体美という美を現わすからか。一部のマニアには羨望の眼差しを向けられているとか。
 ツルンと髪のない頭皮が寒そうだ。
 そんな彼にブルーノリアは笑いかける。

「そう言うダンタスは元気そうだね」
「おかげさんで」

 ニヤリと笑って、ムキッと筋肉を見せつけるポーズをとる。それにブルーノリアは冷たい笑みを返すが、ダンタスは気にしない。美の基準など十人十色だと知っているから。

 未だポーズをとり続けるダンタスから視線を横へとずらすブルーノリア。
 直後、その目は嬉し気に細められた。

「やあエルマシリア、キミは相変わらず美しい」
「ふふ、ありがとう」

 ブルーノリアよりも長く、膝裏まで届こうかという長い黒髪をサラリと流し、妖艶な美女は真っ赤な唇の端を上げる。魅力的な笑みに、ブルーノリアの目はますます細くなる。

「今夜キミたちを呼んだのは他でもない、我らが同胞に関して相談したいことがあってね」
「珍しいわね、あなたが相談なんて」

 エルマシリアが少し驚いたというように、その赤い瞳を開く。

「私一人で決めてよい事ではないと思ったからさ」

 肩をすくめる。

「だがその前に、虫を始末しないとね」
「虫?」

 ここは山奥、虫などあちこちに存在する。それを始末と言うにはおかしな話で、それが意味することに気付いたエルマシリアは、ハッとなって背後を振り返った。と同時に、彼女の耳横でヒュンと風が切る。
 振り返った先には何もない──普通に木々が生い茂っているだけ。だというのに確かに其処に居る気配を感じる。ブルーノリアが放った刃は木に突き刺さったが、確実にその存在の横をかすめているとエルマシリアにも分かった。

 直後、その気配が薄まるのを全ての吸血鬼が悟る。

「逃げれると思うなよ?」

 低い声はダンタスのもの。
 だが彼が何かをしようとするよりも早く、背後から……洞窟から出てきた声が聞こえる。

「アル!」

 その声に、三人の吸血鬼には聞き覚えがあった。「まさか……」と呟いたのは、はたして誰か……それとも三人全員か。
 驚く三人をそっちのけで、ロープを外して走り出てきた吸血鬼──ドランケは叫んだ。

「来るな! これは俺の問題だ!」

 それは一瞬だったが、その一瞬で充分とばかりに気配が消える。ブルーノリアを筆頭とする四人の吸血鬼の意識がそれた瞬間、その何かの気配は消えた。見えなくとも確かにあった気配は、本当の意味で見えなくなったのである。

「逃がしたか……」

 特に焦るふうもなく、ブルーノリアは呟いて、背後を振り返った。ちなみに木に刺さった短剣は少年吸血鬼のアーベルンが回収。トンと軽く地を蹴っただけで、大木の上のほうに刺さったそれを軽々と手にした。
 アーベルンの動きを横目でチラリと見ただけで、興味はないとブルーノリアは自身を睨みつける目を正面から受け止める。

「私が縛ったロープをよく外せましたね」
「ふん、あの程度で俺を拘束できると本気で思ったか?」
「思いませんよ」

 言って地面に落ちるロープの残骸を目にする。

「そもそもあれは外したとは言いませんね」

 長いはずのロープはズタズタに切られていた。つまりは馬鹿力で引きちぎったということか。外すと切るとは大違い。

「引きちぎらないで、もっとスマートにできないんですか?」
「るせえ。そこのダンタスだって、同じようにしただろうよ」

 ドランケが顎をしゃくって指し示す先には、顎をさするマッチョ吸血鬼。その顔は「まあな」と言っているようだ。そちらは興味ないとばかりに、チラリとも見ずにブルーノリアの目はドランケをとらえたまま。

「まあいいでしょう。それでは裁きを始めましょうか」
「その三人が、お前が呼んだ同胞ってか?」
「そうですよ。あなたと因縁深いかたを集めました」
「お前俺と初対面のくせに、よく知ってるな」

 嫌そうな顔をするドランケに対し、ブルーノリアは優雅に笑う。
 美しい笑みを浮かべて、「まあ長生きしてますから」と言うのだった。
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