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第三章 【吸血鬼伯爵の優雅ではない夜】
10、
しおりを挟む世の中に、太く先が鋭く尖った杭を鼻歌まじりに喜々として手入れする少女が、どれだけ居るだろう。多くないというか、彼女以外は皆無と思いたい。
うわあ……という目で見るのはモンドー。鼻歌歌って、サンザシで出来た杭をキュッキュと音が聞こえそうな感じで拭くのはヘルシアラ。そんな物どこに持ってたんだとツッコミたいくらいに大きなそれを、モンドーは見なかったことにする。
「紅茶でも飲む?」
「ん~、聖水の残量確認したら飲む」
教会でもどこでも平気で行くドランケをふと思い出し、その聖水に効果はあるのか? と首を傾げるモンドー。
だがこと吸血鬼退治において、彼女ほどに長く携わっているハンターは居ないであろう。ならばそちらに関しては素人な自分がすべき質問ではないだろうと、問いを呑み込む。
ヘルシアラはドランケ以外の吸血鬼に興味ないので、本当に聖水の効果があるのか、彼女も知っているのか怪しいのだけれど。
とりあえずは飲むという返事があったので、お茶とお菓子の用意でもと部屋を出ようとした時だった。モンドーの耳に、伯爵の「いた」という声が届く。
「伯爵?」
意識が完全に飛んでいる伯爵に話しかけたところで、声は彼に届かない。なのに話しかけたのは、伯爵が声を出したから。本来であればそれすらできるはずないというのに、なぜか伯爵は声を出したのである。
つまりは意識が戻ったということか? と、思わずモンドーは問いかけたのだ。
だがやはり伯爵からはなんの返答もない。
まあそういうこともあるだろうと軽く流して、今度こそモンドーは調理場へと向かった。ヘルシアラは聖水の確認後、短剣の刃こぼれチェックを始めている。
だからというわけでもなく、とにかく二人は知らない気付かない。
ドクロ伯爵が見る夢が一体どういったものであるのかを。
彼の目に、複数の吸血鬼が映ることを、まだ二人は知る由も無いのだ。
その状況をなんと表現して良いのか、ドクロ伯爵には分からない。だが分かることが一つある。
領土内のとある山の奥地にある、とある洞窟。その入り口前に三人の男女が立っているのだけれど……
(彼らは全て吸血鬼だ)
その容姿を見て、直ぐに気付く。なんとなしに真正面から見るのは避けた方が良いと上方から見てはいるが、それでも三人の人らしくない容姿は際立っている。
夜の暗闇の中でも輝きを放つ美しい黒髪、髪から見える耳は尖り、会話をしているのか開く口元にはキラリと牙が見え隠れ。
なにより、夜の闇に浮かぶその真っ赤な瞳が印象的。
ドランケにはその輝きがない。吸血頻度が極端に低い彼には、その輝きは滅多と存在しないのだ。
ランランと輝く赤い瞳が動き、どうやらその視線の先にはもう一人居るらしい。洞窟の中に入るか、三人と同様の目線にならねば見えないその存在。
確認すべきか、しないべきか。
悩んで伯爵は後者を選ぶ。
とにもかくにも侵入者である吸血鬼は発見した。おそらくドラ男は洞窟の中だろう。憶測ではあるが、多分外れてないだろうし、ドラ男のためにわざわざ危険を冒す必要もあるまい。ヘルシアラにはうまく言っておこう。
どうにもドランケのこととなると適当となるのがドクロ伯爵。
よし、任務は終えたと意識を他の地へと向けかけたその時。
ヒュンと風が切る音がした。それは耳をかすめる──気がした。
ドクロ伯爵に耳は存在しない。ドクロにポッカリ開いた穴はあるけれど。
そもそも今は意識を飛ばして、誰にも見えない状態のはず。だというのに、それは確かに的確にドクロ伯爵を狙っていた。
伯爵の視線の先には、深々と木に突き刺さった刃。
それを確認して、彼は振り返る。その先には──
(あれが、四人目の吸血鬼……おそらくはドラ男をさらった……)
揺れる長い黒髪が顔にかかるのも気にせず、誰よりもひときわ赤く輝くその目をこちらに向けるその人物。吸血鬼。
見たことはない、だがそれでも伯爵には分かる。
(彼は強いな)
瞬時にその実力を把握する。
強大な能力を感じさせる吸血鬼と対峙する、姿がないはずの伯爵の意識。
確かに見えてるぞという吸血鬼と睨み合って数秒……直後にその男はドンと体に衝撃を受けて、横によろけた。途端にはずされる視線。
ここらが頃合いと、意識を飛ばそうとしたまさにその瞬間。
「アル!」
ドラ男の声がした。
その呼び方をするのは許さないと過去に言ったぞとばかりに睨めば、やはり見えないはずなのに睨み返してくるドラ男と目が合った。
その目が切羽詰まっているのに気付き、しばし待てばドラ男は叫ぶ。
「来るな! これは俺の問題だ!」
それを最後に伯爵の意識は飛ぶ。遠い地へと。領土内で視察すべきと考えていた場所へと飛んだ伯爵は、そうして深々と溜め息をついた。
「やれやれ……言われずとも、だよ」
そう発したのは、ドクロ伯爵かアルビエン伯爵か。
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