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第三章 【吸血鬼伯爵の優雅ではない夜】
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しおりを挟むアルビエン・グロッサム伯爵は上機嫌だった。理由は簡単、楽しみにしていた小説の続編が大当たりで、非常に面白かったからだ。一晩かけて読み終わり、現在二週目に突入。
とはいえ時刻は夕方、もうすぐ日が沈む。
庭園に据え置かれたテーブルセットで読んでいた伯爵は、徐々に暗くなり始めた空を見上げてパタンと本を閉じた。
「やれやれ、残りは夕食の後にするかな」
今頃屋敷の調理場では、優秀な料理人モンドーが美味しい食事を作ってくれている頃だろう。ぐう、と鳴るお腹をさすりながら立ち上がる。
不老不死の伯爵は食事を必要としない。食べなくても死ぬことはない。
だというのに不思議なもので、空腹は感じる。食べることができる。食べなきゃずっと空腹のままかといえばそうではない。非常時には空腹を追いやることすらできるのだ。
だが食べることというのは、人生における楽しみの上位にランクインする行為だ。退屈が嫌いな伯爵は、敢えて空腹を抑えず、食べたいだけ食べる。
「今夜の夕飯はなんだろう」
今日の昼、買い出しと言って出て行ったモンドーは、大量の食材を買って帰って来た。そんな子供体型でよく持ち帰ることができたねと思ったら、見かねた町人が荷馬車を出してくれたらしい。なぜ伯爵家の馬車で行かなかったの? と聞けば、たまたま激安セールをやっていて、衝動買いしてしまったんだと照れたように頬を赤らめて彼は言っていた。
その様子を思い出してクスリと笑い、伯爵は庭を歩く。
いつだって美しい装いを見せる庭は、昼と夜とでは異なる顔を見せる。
だが今のように夕陽が差す時間もまた、風情があるということを知る者は少ない。日暮れ時は短い。
また今度、愛しいディアナを誘って、この時間を共に過ごそうかな。
そんなことを考えていたものだから、気付くのが遅れる。
何者かが伯爵に近付くのを、彼は気付くことが出来なかったのだった。
* * *
その頃、モンドー少年は満足だった。思わず衝動買いした大量の食材を、どう料理してやろうかと腕まくりしてからしばらく、彼が厨房から出ることはなかった。
そして出来上がった料理の味見をして、我ながら最高ではないか! とニンマリする。
「さて、そろそろ伯爵を呼びに……」
伯爵は[伯爵]なのに、色々自分で動く人だ。夕食のための食器を用意したりなんて、伯爵にとっては普通のことだ。むしろモンドーがやってしまったら、自分がやりたかったと拗ねるくらいには。
退屈嫌いな我がご主人は、自分でやることで人生を楽しむんだよなあ。
なんて思いながら、まくっていた袖を戻し、エプロンをはずして庭に向かおうとする。
その時だった。
『うわ!?』
伯爵の叫び声がハッキリ聞こえたのは。
厨房は伯爵がよくいるテーブルセットからは離れている。人間ならば聞き逃すだろうその叫びは、けれど人狼であるモンドーには容易に聞き取れた。
「伯爵!?」
その切羽詰まった叫びに、モンドーは慌てて外へと飛び出した。
ガタンと音を立てて椅子が倒れても、振り返ることはない。
* * *
「……で、どゆことなのこれ」
慌てて庭に出て、目にした状況に拍子抜け、といった表情をするモンドー。
問いかけた先には、困り顔の伯爵。
そして……
「やあヘルシアラ、今日はまた随分と激しいね」
前世も前々世も、そのずっと前も知っている。先日愚痴りに来たばかりの、旧知の仲な吸血鬼ハンターは伯爵にしがみつき、その表情は見えない。
「ええっと、ちょっと放してもらえるかな?」
「ドランケが居なくなったあ!」
会話がかみ合わないとはこのことか。
伯爵の要求をスルーして、伯爵の胸元に顔をうずめたまま、ヘルシアラは叫んだ。
「ドランケが?」
首を傾げる伯爵に、顔を上げることなくヘルシアラは頷いた。
「あいつの同胞……別の吸血鬼がドランケを攫って行ったの! なんだか不穏な気配があって、ドランケも焦った声だしてたし。どうしよう!?」
「どうしようと言われてもなあ……」
ようやく顔を上げたヘルシアラの目には、涙が溜まっている。
「お願い、ドランケを見つけて!」
「分かったから、とりあえず放してくれるかな」
キミ、僕のことが嫌いなんでしょ?
その言葉にハッとなったヘルシアラはガバッと顔を上げる。
「ぎゃあああ! き、気安く触んじゃないわよー!」
叫んでドーンと伯爵を突き飛ばす。見かけによらず強い力に、思わず伯爵はよろけて「理不尽!」と涙を流すのであった。
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