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第三章 【吸血鬼伯爵の優雅ではない夜】
3、
しおりを挟む短い濃紺の髪をもつ声の主は、目にかかる前髪を乱暴にかき上げる。そこから覗く瞳には、夜の闇のような漆黒が広がっていた。
色白な肌には整った顔立ちが乗る。一見すれば美少年。けれどそうでないことを、ドランケはよく知っている。
「なんだよ、ヘルシアラか」
その名が、声の主が女性であることを物語る。
ドランケが良く知る女性は、彼がパンパンと体のゴミを払う姿を前に、顔をしかめた。
「あなた、クサイわよ……」
「自分で突き飛ばしておきながら、それはひどくないか?」
よし行くぞと気合いを入れようとしたドランケを、突き飛ばした張本人。その人にクサイと言われては凹むというもの。
「まさかあんな簡単に吹き飛ぶと思わなかったんだもの」
「まさかゴミ山に吹き飛ばされると思わなかった」
なぜか非難めいたことを言われては、反論したくなるというもの。
まさか、まさか、の応酬に、最初に溜め息をついたのはドランケだった。ヘルシアラという女性に何を言ったところで、結局は自分が悪いんだで終わることを知っているから。
(彼女は相も変わらず子供っぽい……)
見た目年齢16、7といったところのヘルシアラの中身は、若いという印象を裏切らない。
もう何度も転生を繰り返し、何度も大往生しているくせに。
(ディアナとは大違いだ)
経緯は異なるが、目の前の少女もまたアルビエン伯爵の手によって、記憶をもったまま転生を繰り返している。
そのことに関してはなんとも思わない。伯爵がやったことにドランケが異を唱えることはないから。
ただ、めんどくさいなとは思う。
伯爵もモンドーもそしてドランケも、ディアナとは異なりヘルシアラを積極的に探すことはしない。ディアナに対しては責任が……とか言ってるくせに、ヘルシアラには責任が生じないのか? とも思うが、余計なことを言って伯爵の怒りを買うのはよろしくないので黙っている。
そもそも、ドランケはできればヘルシアラに関わりたくないと思っているのだ。それは彼女の職業に関係する。
できれば出会いたくなかったなあ……と考えていたら、そんな彼の顔をジッと覗き込む少女。その視線の強さに、あ、嫌な予感がすると思った直後。
「ドランケ、あなた血の匂いがする」
嫌な予感ほど当たるなと、星空を見上げるドランケであった。
そんな彼の様子に、ますます目の光を強め、細める少女。
「吸血行為、したわね!」
鼻に刺さりそうな勢いで、指を突き付けられて思わずドランケの目がより目になる。
返答に窮していると、指がパッと離れ、彼女の手は腰にぶら下げられている剣へと向かった。グリップを握りしめ、ヘルシアラが睨む。
「答えなさい、ドランケ!」
「……あーまあ……ちょこっと吸った」
言うが早いか、ドランケの眼前を風が横切る。目にも止まらぬ早さ、風のごとき抜刀とはこのことか。
ヘルシアラの手によって抜き放たれた剣が、ヒュッという音と共にドランケの前髪を数本切り落とした。
「おい、危ないだろ」
言葉とは裏腹に、上半身を少し逸らしただけで刃を避けたドランケが、余裕をもって言う。
「あたしはあたしの使命を果たすまでよ!」
「お前、相変わらずなのか?」
「そうよ!」
言って、返す刀で今度は胴体めがけて剣が横一線に払われる。だがこれもドランケはひょいと軽くジャンプして避けた。
「なんで、転生するたびに同じ職業を選ぶかねえ……」
「これがあたしの天職だから!」
文句あっか! と言われれば、文句しかないと言い返したいところだが、そんなことを言えば少女がますますムキになるのが分かる。
だからドランケはボンと音を立てて、コウモリへと変身するのだ。
「ちょ、逃げるの!?」
「お前の相手をしてたら、夜があっという間に終わっちまう」
「待ちなさい、今夜こそその命に引導渡してやるんだから!」
「そりゃ困る」
言って、バササ……と羽ばたき音を残して、ドランケはその場を後にするのだった。
「もー! また逃げられたあ!」
何度も転生して、何度もドランケを追いかける。
伯爵が彼女を探そうとしないのは、ディアナと違って想い人ではないというのも理由の一つ。だがそれ以上に、探す必要がないから探さないのだ。
伯爵の気まぐれで転生を繰り返す少女の仕事は、吸血鬼ハンター。
そしてヘルシアラはドランケに恋してる。
恋する少女のパワーは計り知れず、何度生まれ変わっても彼女はハンターになった。そうすることでドランケの情報を手に入れやすくするためだ。
結果、どの生でも彼女は現れる。伯爵……というより、ドランケの前に必ず現れるのだ。
永遠の時を生きるアルビエン伯爵は、退屈が大嫌い。
ドラ男に恋する珍しい少女の存在も、また伯爵の人生を面白おかしくするスパイス。
伯爵の気まぐれで転生し続ける少女は、今夜もまた愛する男に逃げられるのだった。
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