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第二章 【永遠の恋人】
5、
しおりを挟むアルビエン伯爵と転生人ディアナは、幾多の出会いを繰り返した後、ついに思いが通じ合う。はれて恋人となった。
それからもディアナは何度も転生を繰り返す。
そして現在、彼女は伯爵がおさめる領土内のデイサムという街で、本屋の店員をしている。
伯爵が本を好きなのは昔から知っていた。ようやく手に入れた天職。伯爵のための職業が、ディアナは大好きである。
いつも通りに本の整理をしていたら、カランとドアベルが来客を告げた。
「いらっしゃいませ」
奥に鎮座する店主の手前、一応はそう声をかけるが、客を見ることも対応することもしない。ディアナが無能な店員だからではない。
有能な彼女は、誰が入って来たか知っていて、だからこその塩対応なのだ。
「邪魔するよ」
「なら帰って」
にべもないとはこのことか。
言われた人物は苦笑を返すしか無い。
「あいつに対する態度と違いすぎやしないか?」
「当たり前でしょう? あなたはあの人ではないのよ」
ドランケ。そう相手の名を呼んで、そこでようやくディアナは客の顔を見た。
端正な顔立ち、スラッと高い鼻、陶器のように白い肌はなめらかだ。その中でひときわ目を引くのが、その赤い瞳。
ディアナは知っている。その瞳が血のように赤くなる時があることを。
ドランケが苦手──というか、気に食わない──ディアナは知っていた。
「冷たいなあ」
「あなたに優しくする義理も義務もないもの」
「俺はこんなに好きなのに……」
「ありがた迷惑」
そしてディアナは知っている。このドランケという男、冷たくあしらわれて凹んでるように見えるが実際は真逆であることを。
なんであれ構われることに喜びを感じていることくらい、長い付き合いのディアナにはお見通しである。
つまりはドラケンは変人なのだ。変人と会話する暇があれば、新しい本のチェックに勤しみたいディアナ。もちろん伯爵のために。
「出会った頃は優しかったのになあ」
思い出されるは二人の出会い、とばかりにドランケの脳裏には、農家の娘に転生しながら、その美貌のせいで誘拐されたディアナとの思い出が浮かぶ。
「あなたがアルにあんな呪いをかけたからでしょ」
アルとはアルビエン伯爵のこと。伯爵の呪いとくれば……あれしかない。
「なんで? ドクロの伯爵も可愛いだろ?」
「本気でそう思ってるんなら、あなた自身も呪いにかかれば?」
「俺、ホラー苦手なんだよな。鏡見るたびに失神したらどうすんだよ」
どうもしないわよ、そのまま永遠に眠ってなさい。と心の中で毒づいてから、ディアナは作業を再開させた。やはり変人との会話は時間の無駄だ。
「以前から聞きたかったんだけど」
変人はめげずに話しかけてくる。
取り扱い書籍の在庫管理作業真っ最中のディアナとしては、イライラが増すだけの会話だ。
「自分が転生してるってこと、本気で信じてるの?」
惑わす言葉。人の不安を煽り、心の隙につけ入ろうとする、それがドランケという吸血鬼だ。
「信じるも何も真実でしょ」
手元の書類から目を離さずに返す。
「でも考えてみろよ」
ディアナの態度を気にすることなく、ドランケは言葉を続ける。
「アルビエン伯爵の能力、知ってるか?」
「不老不死」
即答である。それに否やはない。
「それから?」
「人に転生能力を付与することができる」
「それと?」
「……記憶操作ね」
促すドランケ、少しの間を空けてディアナ。
「それだよ」言って指をパチンと鳴らすドランケ。
「なにが」
「記憶操作。おかしいと思ったことはないか?」
「だから何をよ」
「転生の話が嘘だってことを」
「……」
ドランケは惑いの言葉を投げてくる。
「アルビエンは記憶操作で、周囲の人間には何代も続いてる領主一族だと思わせている」
「偽の記憶を植え付けられるんだぞ?」
「誰もそれを嘘だなんて思いやしない、記憶を操作されてるんだから」
「真実を知っているのは伯爵だけ」
ドランケが矢継ぎ早に言ってくる。ディアナは書類から目を離さない。だが紙をめくろうとした手は止まったまま。
「なあ、本当に前世の……これまでの人生の記憶が本物だと思うか?」
「あなたはどうなのよ、ドランケ」
「俺?」
「あなたと私の出会い……記憶、あるんでしょう?」
「俺だって記憶操作されてるかもだろ」
肩をすくめて言うドランケは、言いながらもどうでもよさそうだ。伯爵同様に何百年、いや何千年かも分からぬ時を生きる彼にとって、気が遠くなるような膨大な記憶の改ざんなんてさほど問題ではないのだろう。
「そもそもあなたが吸血鬼だっていう記憶が怪しいわよね」
「そうきたか」
「太陽を恐れぬ吸血鬼なんて、面白くなくて話にならないわ」
「俺は小説のネタになるために存在してるんじゃないのでね。勝手な創作でイメージを作られては迷惑だ」
「なら私も迷惑よ」
「?」
会話が成り立ってるようで成り立っていない。その状況にドランケは首をかしげた。
「どっちだっていいのよ」
「というと?」
「私が転生者である記憶が本当か嘘かだなんて、どうでもいいの。大事なのは今私は確かにここにいるってこと。ここにいて、アルの好きそうな本はないか探す。そんな今の瞬間が何より幸せ。その幸せさえあれば、なにが嘘で真実かだなんて、どうでもいいことだわ」
「転生者としての記憶が嘘ならば、アルビエンへの愛も嘘かもしれないぞ?」
「愛してるから気にしないわ」
バッサリと、ドランケによる惑いの言葉を斬り捨てる。心地よいくらいに。
「あっそ」
時間の無駄だった。言外にそう言い捨てて、ドランケはディアナに背を向けた。挨拶もなしに立ち去ろうとする吸血鬼に、ディアナが声をかける。
「そんなことより、早く呪いを解く方法を探せば?」
「探してるさ」
「早く見つけないと、アルといつまでも仲直りできないわよ」
「あいつがそんな狭量かよ」
言って、やはりなんの挨拶も無しにドランケは出て行った。それを気にすることもなく、またディアナは書類に目を向けて、本が並ぶ棚と交互に見やる。
直後、カランとまたドアベルが音を立て、来客を告げた。
今度は満面の笑みでディアナは迎える。
「いらっしゃい、アル」愛しい伯爵をそこに認めて、ディアナの胸に温かいものが広がる。
「こんにちは、ディアナ」優しい笑みを浮かべて、伯爵は愛しい恋人に声をかける。
そう、関係ないのだ。
愛し合う恋人にとって、前世も過去も真実も偽りも、どうでもいい、関係ない。
ただ今があればいい、幸せな今こそあれば良いのだ。
「何か面白そうな本は入ってる?」
「そうねえ……」
邪魔者が入ったとはいえ、いつ伯爵が来ても良いように、ディアナは既に本のリストを作成済みだ。
「これなんてどうかしら?」
「やあこれは面白そうだね」
顔を寄せ合い、本を見つめる恋人二人。
今宵は新月。読書にはもってこいの夜である。
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