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第一章 【殺人鬼】
17、
しおりを挟む「そうか、それは大変だ」
「なにを呑気に……早く自警団を!」
町長が焦った様子で叫ぶ。だが伯爵はまったく焦ることなく、コツンと靴の踵を鳴らして、ゆっくり町長を見た。
「違うだろう?」
そして低い声で問いかける。
「なにを……」
「彼が……ザカエルが犯人? バカを言っちゃいけない。そんな推理誰がすると言うんだい?」
あんたが推理したんでしょうが。とはモンドーの声。
最初にザカエルを犯人扱いしたくせに、都合のいいことだと思っても、やっぱり言わないモンドー。
だって伯爵のは推理とは言わない。あんなものは当てずっぽう、なんの根拠もない適当。そしてそれは物の見事に外れたのだ。
それを伯爵は少し残念に思い、寂し気に言う。
「僕の推理が当たるわけ、ないんだよ。小説を読むたびにいつも外す、推理が当たったことはない。それが嫌になって、最初に結末を読むようになった。犯人を知ってから読むようになってしまった」
それを邪道と言うなかれ。そういう読み方をする者は、伯爵以外にも大勢いることだろう。
それほどに伯爵は推理をはずしてきたのだ。
そう、伯爵の推理は一度とて当たったことはない。
つまりだ、伯爵が犯人だと推理した時点で、ザカエルは犯人ではない、ということになる。
確信もって伯爵はもう一度言う。
「ザカエルは犯人じゃない」
「何を言ってるんだ! 貴様らカルディロンの遺体を見なかったのか!?」
「見つけたよ。あれって、やっぱり死んでるんだ?」
「な……」
親しくしていたはずのカルディロンの死を、なんでもないことのように言う伯爵の様子に町長は戸惑う。
「なぜ、そんなに平然としていられるんだ?」
「別に。死はそんなに悪いものでもないと知っているから、かな?」
死ほど伯爵にとって無縁なものはない。
何をしても死ぬことのない伯爵は、今もって死を感じたことがない。そしてこれからもきっと感じることはないだろう。
だからこそ、彼は焦がれる。死というものに焦がれるのだ。
それを味わえる人を、彼は羨ましいと思うのだ。
友であれ、失う悲しみはない。むしろ死を感じられて良かったねと思う。
「さて、カルディロンのことは今はどうでもいい」
いや良くないだろ、とカルディロンが生きていたら……以下略。
クイッと黒のシルクハットのツバを持ち上げれば、そこに光る青き瞳。
それは町長を射抜く。
「ザカエルは犯人じゃない。では真犯人は誰だ?」
「そ、そんなことワシが知るわけないだろ!」
伯爵の問いに、町長は顔色を青くする。手に握られた短刀は、ザカエルに向いたかと思えば伯爵に、と思えばまたザカエルにと忙しく動く。
「なにを怯えている」
「ワシは息子が恐いんだ! 平然と殺しをする息子が……」
コツンと伯爵が一歩前に出れば、一歩下がる町長。
「父さん、もうやめてくれ!」
不意にザカエルが叫ぶ。だが町長は「黙れ! この人殺しめ!」とまた息子に刃を向ける。
膠着するかと思えた場は、けれど一瞬で動いた。
「こんばんは。これはまた……厄介なとこに来たかな? お取込み中なら帰るよ」
不意にかかる第三者の声。それは今の今までこの場に居なかった者の声だった。
いや、正確には深夜の事件が起きてから、彼の声を聞いた者は居ない。
死んだはずの彼の声を聞いた者は──
「お、お前は!?」
「え!? い、生きて……!?」
町長とザカエルの大きな声が室内に響いた。
驚愕に目を見張る二人の男。
その視線の先には一人の男。
「こんばんは。棺桶で寝るのは性に合わなくてね。起きて来てしまったよ」
そう言って、男はシルクハットを脱いだ。
そこには髪を整え小奇麗にしたことで、見違えるような美形を披露する男の顔。
「やあドラ男」
「あんまりその名で呼ばれるのは好きじゃないね。……特に夜は」
「じゃあ言い直そう。こんばんは……ドランケ伯爵」
「こんばんは、アルビエン伯爵」
そう言って、ドラ男──もとい、ドランケ伯爵はニコリと微笑む。
その目は、まるで血のように赤くランランと光っていた。
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