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第一章 【殺人鬼】
15、
しおりを挟む即座に伯爵は意識を自室へと戻した。
無い目を開けば、そこには驚いた顔のモンドーが立っていた。背後の満月がやけに大きく感じる。
「伯爵?」
「ああ……ドラ男が殺されたよ」
「そっか」
「そうだ」
知り合いが一人殺されたというのに、モンドーは驚かない、慌てない。伯爵も落ち着いている。
「これで解決するかな」
「彼が犯人を見ていればね」
それは一体どういうことなのか。
伯爵とモンドーの奇妙な会話。二人だけで納得している世界に踏み込める者はいない。
「まだ時間はあるね。なら他の村でも見に行くかな」
そう言って、またドクロ伯爵は意識を飛ばし、はるか遠くを見通す。
こうしてドラ男の死という夜がふけていった。
そして翌朝、人の姿に戻った伯爵は急ぎサルビの町へと向かう。今日も御者はモンドーだ。
「おはよう」
自警団本部へと向かえば、そこには人がまばら。カルディロンを筆頭にほとんどの人間が出払っているらしい。
「まだ現場かな?」
伯爵の問いに、神妙な面持ちの自警団員が頷いた。
礼を言って伯爵とモンドーは現場へと向かう。何度も通った噴水前の広場、ロープで閉鎖されているのが遠くからでも確認できた。
「入ってもいいかい?」
「これは伯爵様。どうぞどうぞ」
対応した自警団員は顔なじみで、すぐにロープを持ち上げて入れてくれる。
現場にはいまだ血の匂いがしていた。振り返れば、しかめっつらのモンドー。鼻がいい彼からすれば、あまり近付きたくない現場だろう。狼の血が騒ぐから。
「大丈夫かい?」
「まあ、なんとか」
伯爵の問いに肩をすくめて、モンドーは帰ることなく彼に続く。
夜が明けて直ぐに来たからか、遺体はまだそこにあった。
「これはまた……むごいことを」
流れる血の量から、かなりの深傷と思っていた。実際には無数の刺し傷があることを、開けられた服の穴の数が物語っている。
「即死かな」
「だろうね」
問いに答えるのはモンドー。口元を手でおおっていると、カルディロンが駆けて来た。
「伯爵様! ええっと、このたびは……」
「ああ、今はそういうのいいから」
悔やみの言葉を述べようとするのを手で制して、伯爵はカルディロンを見た。
「犯人は?」
「捕まっていません」
「目撃者は?」
「誰も」
「……そうか」
伯爵がドラ男の遺体を見つけた時、周囲には誰も居なかった。みな、裏通りを重点的に警備にあたっていたからであろう。
「一人で歩くとは不用心なことを……」
「申し訳ありません」
「キミを責めてるわけじゃないよ。悪いのはこのバカ男だ」
相変わらず死者になんの感情ももたない伯爵の言葉は、非常に辛辣だ。これが町人とかならまだしも、相手はなんら気遣い不要のドラ男。これが伯爵のドラ男に対する通常運転。
だがそんなことを知らないカルディロンは驚いた顔で伯爵を見る。それに軽く肩をすくめて、伯爵は遺体の前に跪いた。
「服が汚れますよ」
「なに、気にしないさ」
俺は気にする、俺が洗濯するのだから。血は落ちにくいんだぞ。
というモンドーの声が聞こえない伯爵はカルディロンに笑みを向けてから、また遺体に向き直った。
ドラ男の目は開いたままだ。うっすら開いた口からは血が流れ、既に乾いている。地面に流れるおびただしい量の血もまた、乾いてネチャッと粘りが出ている。
「さて」
まるで話しかけるように、生気のないドラ男の顔を覗き込む伯爵。
「今夜、全て終わらそうか」
「伯爵様?」
カルディロンの訝し気な問いかけに答えず、伯爵はドラ男に声をかけ続ける。
「見たんだろう?」
当然だが、遺体は返事もしなければ動きもしない。
なんの反応もないのに、伯爵は「よし」と満足げに頷いて立ち上がった。
「安心したまえカルディロン」
「え?」
「今夜には事件は片が付く」
「え? えええ? それは一体どういう……?」
「全ては夜に」
そう言い置いて、現場を後にする伯爵。
「え、探偵さんのご遺体は……?」
慌てるカルディロンを一度振り返った伯爵は、問いには答えず、「夜に本部に行くからよろしく!」とだけ言い残す。
ドラ男の素性を知る人物二人──すなわち伯爵とモンドーが遺体を放って帰る様に、呆気にとられるカルディロンであった。
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