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第一章 【殺人鬼】
3、
しおりを挟む「ありがとう。それじゃあ行こうか」
まくっていた袖を戻し、そのまま外へ出ようとする伯爵をモンドー少年が慌てて止める。
「ちょい待ち、せめて上着くらいは着ていきなよ。町長や自警団長に会ったりするんだろ?」
「今日は暖かいよ?」
「それでも、だ。一応伯爵様だってのに、そんなラフな格好で行っちゃ舐められるぞ?」
「そうかな」
ブラウス一枚の姿で伯爵が首を傾げれば、「そうだよ!」と強い返事が返って来る。どうにも自身の姿に無頓着な主人に、モンドーはいつも苦労する。
「せっかく見た目はいいんだから、綺麗に着飾って行かないと」
「そんな……昔の貴族じゃないんだから」
「昔も今も、小汚い格好の貴族はいない」
まるで弟のような存在にビシッと言われては、伯爵はシュンとするしかない。なんだか垂れた犬の耳が見えるようだなとか思いつつ、犬ならぬ狼少年は伯爵の着替えを手伝った。
「これでよし……でいいかな?」
反応をうかがうように聞いてくる伯爵を、モンドーはジッと見つめる。、
白のブラウスに茶のベスト、黒のテールコートを羽織って、ズボンはチェック柄。そんな服を着て……というか着せられて黒のハットをかぶれば、どこをどう見ても伯爵は伯爵らしくなる。
なんだか落ち着かないなと首元をゆるめようとすれば、モンドーの厳しい指導が入ってその手は止まる。
「ああ、まったく……」
ヤレヤレと言外に呟いて、伯爵は用意された馬車へと乗り込んだ。御者? そんなもの、もちろんモンドーに決まっている。狼少年は馬ととっても仲良しなのだ。
「ハイ!」
掛け声と同時に馬車がゆっくり動き出した。それは徐々にテンポよく早まり、次第にガラガラとスピードを上げる。レースカーテンの隙間からチラリと外を見れば、あっという間に景色が流れていく。徒歩もいいが、馬車の景色も実は結構好きだったりする伯爵だ。
街の端に位置する伯爵邸から、馬車はあっという間に街の外へ。何もない街道をひた走る。たまに点在する家を過ぎ、特に問題なく進めばあっという間に馬車は隣町へ。徒歩なら半日かかる距離も馬にかかれば一瞬だ。
ブルルと馬が鳴き、馬車は町の入り口で止まる。
ガチャリと扉が開き顔を覗かせるモンドーに、「さすがに早いねえ」と伯爵が言えば、「とーぜん」となぜか得意げな少年。馬が凄いのであってモンドーは凄くないのだが、そんな彼の様子を可愛らしいと、また伯爵は頭を撫でて馬車を降りた。
「さて、と。まずは自警団かな」
町の雰囲気は普段と大して変わらない……ように見える。だがそんなものは表面上のこと、町民が何を考えているかなんて伯爵には分からない。なじみが多く住んでいる街ならまだしも、このサルビという町は隣とはいえ距離がある。なじみの者は少ない。
とはいえ連続殺人が起こっているとあって、何度か自警団には顔を出している伯爵だ。そしてこの飄々とした性格もあって、団長とはそれなりに仲良くなっている。あまり顔を合わせることのない、高齢の町長──といっても、伯爵の実年齢からすれば赤子以下なのだけれど──と会うより、親しい団長にまずは会いたいと思うのも当然のこと。
それに、だ。
「町長は頭が固いからなあ。領主である僕にも詳細を明かしてくれないから、困ったもんだよ」
というわけだ。
「領主なんて所詮はよそ者ってことなんじゃないの?」
「悲しいねえ。誰よりもこの地に長く住み続けているっていうのに」
かつてここに町どころか何も無かった頃から、伯爵はこの地に住んでいる。戦争で無くなった町や村もあった。逆に新しいそれが出来るのを見ても来た。栄枯盛衰を伯爵は見てきたのである。今更隠し事をされるのは、悲しいではないかと嘆く。
「俺らが数百年生きてるなんて、誰が信じるよ」
「数百年で、はたして事足りるのかね」
「さあな」
一体何年生きてるかなんて忘れたとモンドーは肩をすくめる。それに同意とばかりに頷いて、伯爵は歩みを進めた。目指すは自警団本部。
「こんにちは」
ボロい石造りの建物に入れば、見知った顔がチラホラ。そこへ挨拶をすれば、皆がパッと顔を明るくさせた。
──つまり、それまでは暗い顔をしていたということである。
「これは伯爵! お久しぶりですね!」
そう言って、皆が椅子をすすめてくれるので、礼を言って伯爵は椅子に腰かけた。その背後にモンドーが控える。
「突然どうされたんですか?」
伯爵の正面に座る茶髪茶眼のいかつい男は、カルディロン。その立派な体躯に相応しく、自警団長を務める。強さと真面目さが、彼を団長にした。
「どうもこうも……昨夜、あったんだろう?」
なにを、とは言わない。だが団長が息を呑んだことで、言いたいことが伝わったと察せられる。
「もう、ご存知なのですか? 記者連中には箝口令を敷いているというのに……」
「なに、ちょっとした情報屋から聞いたんだよ」
そう言えば、なるほどと納得した様子。伯爵ともなれば、色々なルートを持ってるのだろうと推察したのだろう。それは間違いではない。ただし今回は違う、とは伯爵は言わないが。
「被害者の身元は分かっているのかい?」
「家具屋のリバリースです」
言われて伯爵は顎を撫でる。記憶を呼び起こそうとするも、思い出されないことからこれまで接点は無かったのだろう。
「年齢は?」
「42歳。妻と22歳の息子がいて、三人で小さな店を営んでいました」
「そうか」
「……息子はもうすぐ結婚予定で、息子嫁と四人の生活を楽しみにしてました」
「そうか。それは気の毒に」
「ちなみに、息子嫁は妊娠してます」
「……」
さすがにそれに対しては「そうか」などと軽々しく言えない伯爵は、思わず無言になってしまった。
「それは、また……」
「俺は悔しいです!」
伯爵がどう言ったものかと思案にあぐねていると、待たずにカルディロンはドンッとテーブルを拳で殴った。ビキッとヒビが入る。
「これで一体何件目だ!? 最初は初めての殺人から三ヶ月もあいた。それから徐々に間隔が短くなって、一ヶ月になったと思えば、ついには前回から十日だ! 警戒していたはずなのに、また被害者を出してしまった! なんて情けない!」
言って団長はテーブルに突っ伏した。更にビキッとテーブルが音を立てる。あ、これはもうすぐ壊れるな、と思ったのは伯爵かモンジーか。
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