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第三章 これが最後
17、
しおりを挟む私の言葉が彼女の耳に届いたのかは分からない。だが直後、その目は光を失い、命の灯は消えた。ミリスは死んで、その魂は死のループへと飛んだのだ。
それと同時に、屋敷の外で絶叫が響いた。瞬間、弟が弾けるように顔を上げて、真っ青な顔でキョロキョロ周囲を見回す。こんなところから何も見えるわけないというのに。けれど、見えなくて良かったのかもしれない。
絶叫は、父の声だった。母の悲鳴だった。兄の声なき叫びだった。
三人は、おそらく民の手によって処刑されたのだろう。
「さあ、時戻りの始まりよ……」
その言葉もまた、家族に届くはずもない。それでも口にせずにはいられなかった。
「終わらない無限の死に、絶望すればいいわ」
言わずにはいられなかった。
ギリと噛みしめた唇から、血の味がする。離したミリスの手は引力に逆らうことなくパタリと落ちて、もう二度と動くことはない。
落ちる静寂。誰も何も言わなくて、私も言わない。ミリスの遺体の前で俯いたまま。
不意に、ポンと頭に大きな手が置かれる。私の横に同じように屈みこんだメルビアスが、視界の端に見てとれた。
「お疲れさん」
言われてゆっくり顔を上げる。恐る恐る横を見れば、いつもと変わらぬ彼がそこにいる。私を蔑むことなく、優しい目で私を見つめる彼がそこにいた。
「今は好きなだけ泣けばいい」
「──泣いてないわよ」
どこを見ているのだ。そう言って睨めば、フッと笑われた。
「まあいいさ、そういうことにしといてやる」
「だから泣いてないってば!」
言って、メルビアスの胸元を軽く叩く。
目から流れ落ちた雫がポトリと落ちて、彼の胸を濡らした。
* * *
それからしばらくは、我が公爵領は結構なバタバタで大変だった。なにせ現当主が民の手によって処刑されたのだから。
王家から何かしらの処分が下るかと思いきや、けれどそうはならなかった。前当主であり、再び当主となった祖父の働きによるものだ。
元々王家の信頼皆無だった、無能な父が処刑されたくらいで、王家は慌てることはない。むしろ有能だった祖父が復帰したことを喜んでいる。それは民も同じこと。
正直、祖父が健在であることを黙っていた私に民衆の怒りが向かないかと心配してたのだが、それは杞憂に終わる。微力ながら色々民のために動いていたことで、私は見逃されたのだ。祖父が民に、「しばらく静養が必要だったのだ、最近ようやく動けるようになった」と説明したことも理由の一つかもしれない。
なんにせよ、国も民も、祖父が現役復帰することを喜んだ。数年間、死んだふりして身を隠していた祖父からすれば、かなりストレスがかかったことだろう。それを発散すべくバリバリ執務をこなしている。かつての使用人達も戻って来て、今公爵邸はかつての活気に満ちている。
「うああん、こんな難しいこと僕には分からないよう!」
弟のガルードは祖父の宣言通り、ビシビシ厳しく教育されてるらしい。両親に甘やかされた環境から一変、甘えのない生活に毎日泣いている。
「泣くヒマがあったら、この書類を見ておかしな点はどこか言ってみろ!」
祖父の容赦ない怒声が響く。元気ではあるが、祖父は車椅子生活を余儀なくされた。呪いの解呪が遅かったからというのもあるが……
「今のお前なら完全な解呪できるだろ? そしたらウディアスは完治して歩けるようになるんじゃないのか?」
祖父と弟の様子を見ていたら、横から声がした。見ればメルビアスだ。なぜか彼は毎日のように我が家にやって来る。
彼の言葉に私は肩をすくめた。「ご冗談を」と。
「祖父はあれくらいが丁度いいのよ。親ほどの恨みはなくとも、幼い子供を仕置きと称して閉じ込めるのはやりすぎだわ。そのことに対して復讐させてもらわないと」
そう言えば、横で笑う気配がする。
「ま、そうだな。あいつはあれくらいでようやく少し大人しくなる。元気すぎると周囲が迷惑するから……まあ本人も気にして無さそうだし、あれでいいんだろうさ」
祖父の横にはベントス様の姿も見える。引退した彼を補佐にと引っ張り込んだのは祖父だ。本当は、車椅子生活のせいで思うように動けなくなったから、いつでも魔法論議できる相手をそばに置きたかっただけってのを、私は知っている。ベントス様もそれに気づいているからか、祖父の要請を断ることなく、今こうしてここにいる。
バリバリ執務をこなす祖父に、横で楽し気に補佐するベントス様。泣きながら書類と睨めっこする弟。苦笑する使用人達。
平和な光景に目を細めて、私は部屋を後にした。
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