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第三章 これが最後
16、
しおりを挟む殺してやるわ!
ミリスの血を吐くような──実際吐いているが──叫びが部屋にこだまする。もう民衆も、両親に兄も去り、残ったのは私に祖父に弟とベントス様。そしてメルビアス。
全員がミリスの叫びを耳にする。聞いて、そして何も言わない。
シンと静まりかえった室内に、次に響いたのは「はあ……」という、私の溜め息だった。
「それは壮大な計画ね、ミリス」
壮大で矮小。ちっぽけな、くだらない野望。それを一笑に付す。クスリと笑えば、ギリと私の背中にミリスの爪が食い込んだ。まだこんな力があるなんて、大したものだわ。
「覚悟しなさいよ……!」
「いいえ」
いいえ、覚悟するのはあなたよ。
言外にそう言って、私はスッと体を離した。ミリスと向かい合う。もう彼女の顔色は紙のようだ。いつ死んでもおかしくない、気力でなんとか意識を保っていると言えるだろう。
「言ったでしょう? 特別な、とっても難しい時魔法だって」
「?」
「両親や兄様にかけた時魔法は、私自身のとあまり変わらないから簡単なんだけどね……ミリスにかけるのは難しいやつなの。習得するのに苦労したのよ?」
だから存分に楽しんでね。
そう言って、私は彼女のオデコをツンと突いた。それでおしまい。ミリスへの魔法はこれでおしまい。
「なにを……」
「この特別な時魔法は、戻る時間を指定できるのよ」
「え?」
意味が分からないと、死にかけの頭を必死で動かそうとするミリスに、私はニコリと微笑んで説明してあげる。
「戻る時間を指定できる、つまり何年前のいついつの時間に戻る、と指定できるの。これ本当に難しいのよ、魔力ほとんど使っちゃうから、この後私、しばらく動けなくなっちゃうかも」
「時間を指定……?」
「そう。あなたが死んだら戻る時間を、指定したのよ」
「い、いつに……?」
「そんなの分かるでしょ?」
もう一度ニコッと微笑めば、不安そうなミリスの目が飛び込んで来た。ああ、その目が見たかったのよ。
「いい目ね、不安と恐怖に染まる色をしているわ。ミリス、本当のあなたをみんなは醜いと言うけれど、私はそうは思わない。だってほら、恐怖に染まったあなたの顔はとっても美しいもの」
きっと私はウットリ恍惚とした顔をしてるだろう。ミリスの瞳に映る私が見える。
ツツ……とミリスの頬を撫でればバシッと払いのけられてしまった。
「いいから答えなさいよ! いつよ、いつの時間に私を……」
戻すつもりなの!? 叫ぼうとして、喉にせり上がった血が阻む。大量の血を吐いて、ミリスは足元から崩れ落ちた。
仰向けに横たわる彼女の顔の横に跪き、その顔を覗き込む。ギロリと睨んでくるが、もう手足は動かせないようだ。
「だから分かるでしょう?」
言って、ツンと刺さったままの短刀を突いた。
「まさか……」
「ええ、そのまさかよ。あなたを刺した瞬間、あなたの死が確定するその瞬間を指定したの」
「な……」
本来の時魔法ならば、私のように人生の分岐点に戻る。これは予想だが、私が生まれる前には戻らないようなので、両親が時戻りをして私という子供を作らない、ということは出来ない。
あくまで私が存在する世界……彼らに時魔法をかけた私の居る過去の世界へと戻る。
そして無数の並行世界を彼らは生きるのだ。
だが、ミリスには時間を指定した。それは彼女の死が確定するその瞬間。
「良かったわねえミリス、時が戻ったら既に剣があなたの胸に刺さってるの。何度も何度も、戻っては延々と死の瞬間を味わえる」
「ま、待って……」
動かぬ義妹の手をギュッと握る。もうその手は氷のように冷たく、なんら反応はない。構わず私は握りしめた。
「戻っても戻っても、あなたは運命に抗えない。死という運命を変えることはできない。死が確定した瞬間に戻り、そして死んで、また死の直前に戻る。何度も何度も……永遠に。永遠の死のループを味わいなさい」
チャンスなど与えない。生きる希望は欠片も与えない。
「私のこと、悪女と言ったわよね?」
徐々に光を失う目。ミリスの耳元に唇を近づけて、囁くように私は言う。
「それは正解よ、ミリス。私はあなたと同じ悪女。最悪の魔法使い……魔女。あなたを地獄に叩き落とすために産まれたの」
だから、ね?
姉から妹へ贈る最後の言葉。
受け取って頂戴。
虚ろな目が私を見る。
ニコリと優しく微笑んで、私は耳元に囁いた。
「苦しめ」
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