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第三章 これが最後

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「なんだ、なにごとだ!?」

 地鳴りのような大きな音に、父が椅子を倒す勢いで立ち上がる。音は屋敷の外から聞こえてくる。そしてそれは遠くから、徐々に屋敷へと近付いていた。

「旦那様、大変です! 民が暴動を起こしたようで、屋敷へと大挙して押し寄せております!!」
「なんだと!?」

 数少ない使用人からの報告に、青ざめる父。

 父が家督を継いでから、この公爵領は本当に酷かった。父は何もしない、執務をしない、ただ贅を尽くすのみ。
 父も母も兄も弟も、そしてミリスも。誰も、だれ一人も公爵領を良くしようと、動く事は無かった。
 自分たちの贅沢のため、民から税を搾り取る。足りなくなれば増税してまた搾り取る。その繰り返し。民の生活は困窮し、領土は荒れ果てた。

 地鳴りが近づき、外が騒がしい。何度も聞いた民衆の声だ。
 暴動が起きた。

 ──予定通りに。

 屋敷が襲われようとしている。

 ──これも予定通りに。

 追い詰められ、青ざめる私と家族。

 ──全てが予定通りに。

 人がほとんど居なくなった公爵邸はアッサリと侵入を許す。
 固く閉ざされた扉の向こうに、押し寄せた民の気配を感じ、私は知らず体を震わせた。
 その扉が開けばどうなるか分かっているから……全て知っているから。かつて体験したことを思い出し、身震いする。それは恐怖か、それとも歓喜の震えか。

 チラリと視線を横に向ければ、蒼白な顔の両親に兄に弟。兄に抱きしめられて震えてる義妹。

 義妹──全ての元凶。

 彼女の闇魔法による魅了により、私の家族は家紋を潰す事態にまで落ちぶれた。
 もう、暴動は止まらない。
 止まる必要はない。

「いや、いやよお兄様……ミリスは死にたくないです」
「泣くなミリス、大丈夫だ僕がいる」

 16歳となったミリスの美しさは、今や輝かんばかりだ。家族の寵愛を今この瞬間も受け、彼女が流す涙すらも家族は見惚れる。
 18歳となった兄は、今や立派な青年。だがその顔はなんとも頼りない、泣きそうな顔だ。こんなのが公爵家後継ではどのみち未来はない。──まあミリスが自分を後継にと望むかぎり、どのみち彼は後継になれそうもないのだが。

 15歳とすっかり大きくなった弟ガルードは、なにが起きたのか分からぬままオロオロとし、母に抱きついている。母もまたどうすればよいのか分からなくて、ただ愛する息子を抱きしめた。

「みんな大丈夫だ、まだ手はある」

 青ざめながらも、父はそう言って家族──私を除いて、だが──を見回した。

「領土内の問題や財政の使い込みは、全て一人の責任である事にするのだ。我儘に傍若無人に振舞った一人のせいにすれば良い。そうすれば、私達への怒りは消え、一人の犠牲で皆が助かるのだ」

 その一人とは誰か、聞かずとも分かる。
 皆が一斉に私のほうを見た。その視線を私は冷静に受け止め、目を細める。

「リリア、良いな?」

 許可を得ようとする問いではない。
 それは問いに似せた命令。

「……」

 私はそれに何も答えない。
 だって何度もそれは経験してきたことだから。

 かつて私は泣き叫んで慈悲を請うた。
 かつて私は喚き散らして暴れた。
 かつて私は窓から逃げようとした。

 かつてかつて──

 けれど望みは一度とて叶う事は無かったのだ。

 誰あろう、確かに血を分けた家族に裏切られ。
 誰あろう、たった一人血の繋がらない義妹のために。

 私は生贄にされ、領民に処刑されたのだ。

 ……いや、今現在で見ればこれから処刑されるのだ。少なくともこの場に集う家族は誰もがそう信じて疑わない。

 誰も私が死ぬことを悲しまない。
 自分たちが助かる、ミリスが助かる。それだけを喜ぶ。

 何度時間を巻き戻したのだろう?
 何度同じ生を過ごしたのだろう?
 その都度努力した。家族に愛されるよう努力した。

 けれど最後は必ず裏切られた。

 ならばもう──期待はすまい。

 私はスッと無言で立ち上がる。そしてスタスタと扉へと向かうのだった。扉はけたたましい音を立てて揺れている。おそらく丸太か何かをぶつけて開けようとしてるのだろう。それでも簡単に開かぬほどに、頑丈な部屋なのだ。何かあった場合の避難場所なのだから当然だ。

 だが。

 扉に手を伸ばす。
 鍵を開けてしまえば?
 それはいとも簡単に開くことだろう。

「お、おいリリア!?」

 焦ったように私の名前を呼ぶアルサン兄様。

 彼は理解出来ないだろう。
 私がどうして自ら死を選ぶような事をするのか。
 扉を開ければ、確実に死が待ってるはずなのに、どうしてこんな事をしようとしてるのか理解できまい。

 私は振り返って家族全員の顔を見た。義妹の顔も。
 全員が私の動向を見守るのを確認し、私はクスリと笑った。

「誰も私が死ぬことに反対しないのですね?」
「リリア……?」
「お母様は私が犠牲になれば、ミリスが助かると喜ぶのでしょうね」
「り、リリア……母様も苦しいのよ。でも可愛い妹のためでしょ、ね?」

 何が可愛い妹の為に、だ。
 貴女はお腹を痛めて生んだ私より、他人のミリスの方が可愛くて仕方ないのね。

「お父様。お父様が提案なさったことなのだから、私がこの扉を開けること、反対なさらないでしょう?」
「あ、ああ……リリア、お前の尊い犠牲は無駄にせん。お前の分まできっと幸せになるから……」

 ふざけるな。
 お前の分?
 私は一度も幸せだと思ったことなど無かったわ。私の幸せはゼロなのに、どうやったら私の分まで幸せになると言うの?

「お兄様にガルード」

 兄と弟を見る。
 二人とも、何も言わない。だから私も一瞥をくれただけで、無言で扉へと視線を戻した。

──ミリスのことは、見ることもなければ声をかけることもしない。

 手を伸ばし扉に触れる。外からは頑丈で開かない扉は、けれど中からは簡単に……カチャンと音を立てて鍵は開いた。

 復讐の扉が、今開かれる。
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