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第三章 これが最後
9、
しおりを挟むこれまでと同じように13歳で祖父が倒れ、父が家督を継いだ。私は14歳となり、これ以後の人生はこれまでのループとほぼ変わらない。
家族は何も変わらない。
「こんなことも出来ないのか? リリア、お前は本当に無能な娘だな」
「まあリリア、こんな不味い物を母に食べよと言うの? とっとと作り直してきなさい!」
「おいリリア、別邸に僕の荷物を運んでおけ。馬車なんて使うなよ、どれだけ重い物も、お前が荷車を引いてやるんだ」
「リリアが僕のお姉様だなんて恥ずかしい」
主だった使用人は全て解雇され、ほとんどの雑務仕事は私がやらされるようになった。これまでのループと同じように私を馬鹿にし、嘲笑いこき使う家族。
せいぜい馬鹿にすればいい、いいように利用すればいい、笑えばいい。
されたらされるだけ、私は家族を憎む。復讐への炎が勢いを増す。
極めつけはミリス。
「ああリリアお姉様はなんて可哀想なの。お姉様のように、無能で愚かで醜くて誰にも愛されない、生きてる価値のない存在なんてそう居ないわ。お姉様は神に疎まれて生まれてきたのね。いえ、神の過ち、生まれてはいけない存在だったのよ」
そう言って、私に水をかける義妹。コトリと空になった水差しが、テーブルに置かれる。
「対して私を見てごらんなさい。こんなにも美しく誰からも愛される存在。私は神の祝福をうけ……愛されて生まれてきたの」
それから俯く私の顔を下から覗き込む。醜く顔を歪ませて。
「可哀想に、ああ可哀想にお姉様。ねえ羨ましい? 私のこと、羨ましい?」
何度ループしても、義妹はずっと私を見下し馬鹿にしていた。だが今回はこれまでで一番酷い。
なんとしても自分が上だと私に知らしめたいらしい。一度歯向かったことが、そんなにも彼女のプライドを傷つけたのか。……なんともちっぽけなプライドである。
私が俯いているのは、笑い出しそうなのを必死でこらえてるからだってこと、義妹はまったく気づいていない。
私が無能を演じていることを、家族の誰も気づかない。
本当は、もう何度もループして使用人の仕事くらいこなせるようになっている。
今現在からこの先まで、領土にどのような問題が起こるかも知っている。民が何を望んでいるかも当然分かっている。
けれど私は何もしなかった。
肉体年齢に相応しい動きをし、何も知らない子供を演じた。雑務は失敗続きの無能さを家族に見せつけ、執務に関して何も口出ししなかった。
父はやっぱり愚鈍な公爵となり、領地は荒れた。何もしなくても民の不満の声が聞かれるようになった。けれどやっぱり父は何もしない。
「文句を言うやつらは捕えて牢にでも入れておけ」
などと、とんでもないことを街や村の自警団に指示を出すだけ。当然不満は大きくなった。
ああ笑いが止まらない、この先にどんな未来が待ち受けているのか。何も知らない家族を見るのが楽しくて仕方ない。
どれだけ虐げられても、まったく苦ではない。
これまでと全く同じループ、けれど大きく違う今回の人生。
一番の大きな違いは、ベントス様とメルビアスの存在。彼らは表立って私を助けようとはしなかった。そうお願いしてあったから。だが時に裏で、家族の目を盗んでは私の様子を気にしてくれている。
メルビアスに至っては、堂々と公爵邸に足を運んできた。
「きゃあ! メルビアス様、お待ちしておりました!」
ミリスが喜んで入れてくれるからだ。そのたびに兄が悲痛な顔をするのを、ミリスは知っているのか。私は笑いをこらえているけれど。
「ベタベタくっつくな、気持ち悪い」
「お前に用はない、触るな」
「いいからお前は鏡に向かってずっとしゃべってろ」
というふうに塩対応なのだが、ミリスはめげない。
いい気がしない兄がミリスを呼ぶなどして、彼女が席を離れた途端にメルビアスは私のところにやって来ては、
「大丈夫か? ひどい目に遭ってないか?」
と気にかけてくれる。そのたびに頭を撫でたり頬を撫でるのは……ちょっと心臓に悪いのでやめてほしいのだけれど。嫌だと抵抗できない自分も悪いのだろうが、恥ずかしいけど触ってほしいという矛盾に悩んでいるのだ。
ベントス様も、ときおり家族の目を盗んで贈り物を届けてくれたりする。買い出しを命じられて街に出た時に、私が屋敷に寄ることもある。
これまでと違って味方がいること、心の拠り所があるのは非常に大きな変化で、非常に私の心を救ってくれた。
家族からの行為を耐え忍ぶことができたのである。
そうして。
私はついに17歳になった。
そして──暴動が、起きる。
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