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第三章 これが最後
5、
しおりを挟む思えば家族から、呪われた生から逃れようと足掻くだけの人生だった。どのループでも色気が皆無であった。
──そんな私に……男性経験皆無な私に、そういったことへの免疫があるわけない。
ちょっと甘い言葉を囁かれるだけで真っ赤になって身悶える。ひと言で言えば、チョロいんですよ! 自分で言うのも情けない話だけど。
「お祖父様……メルビアスという方をご存知ですか?」
今日ベントス様の所で何があったかの報告ではなく、いきなりの質問に祖父が顔をしかめる。
「なぜお前があいつを知っている」
もうそれだけで分かる。祖父がメルビアスをどう思っているかを。
「ベントス様の所でお会いしました。古くからのお知り合いだと。お祖父様のこともご存知でしたので……」
「ああ、なるほど。あんなのと仲良くできるベントスの気がしれん」
「メルビアスの魔法に関して、お祖父様は詳しくご存知ですか?」
なぜそんな質問をするのか。そんな疑問を目に浮かべながらも、何かを察するようにその問いは口にされず、「お前の魔力に何か関係するのか?」と聞く。この頭の回転こそが、祖父が優秀な公爵たるゆえんだろう。父には無いものだ。
だから私も余計な前置きはしない。今日知った、私が持つ時と光の魔法に関して話す。
死ぬたびに何度も戻ること。戻った先は修正すべき大事なポイントであること。
そしてミリスの闇魔法、魅了の話。私の体に張られた防御壁。
それから──祖父の病気のこと。それまで何を考えているのか分からない無表情で話を聞いていた祖父は、ここでようやく目を細める変化を見せた。
「私は死ぬのか」
「このままですと、確実に」
「ミリスの闇魔法の呪いで?」
「分かりませんが、おそらく。今、お祖父様を見て確信しました。体の周囲に黒いモヤがかかっております」
「黒いモヤ……」
私の言葉を繰り返して、自身の体をマジマジ見る祖父。当然ながら黒いモヤは祖父には見えていない。
私もこれまでは見えなかった。自らの光の防御壁が分かるようになって、初めて見えた。
「にわかには信じがたいな。体調不良を感じたことなど一度もないぞ」
「ならばこそ、余計に魔法による呪いの可能性が高まるというもの」
「そうか」
そこで祖父は黙り込む。誰だって自分の死期を知らされて、心穏やかでは居られないだろう。
「だがその話を迷わずするということは、何か打開策があるのであろう?」
そこで悲観することなく、顔を上げた祖父は確信のもとに私に問う。その目は生きることをけして諦めては居ない。いや、死ぬことなど微塵も心配してないように見える。
だから私は、話が早い祖父が嫌いになれないのだ。私同様に理不尽な死に抵抗し、生きる道を模索する。祖父と私は、やはり血縁。
「今の私なら、お祖父様の呪いを解呪できるかと」
「出来るのか?」
「メルビアスが教えてくれました」
「メルビアスが?」
「はい」
「信じられんな……」
そう言って顎に手を当て考え込む祖父。一体あの男は何をしてここまで祖父に信頼されないのか。絶対、顔に落書き事件だけではないだろう。
けれど彼の魔力と魔法の知識は確かだ。自身は使えずとも、かつて見知った光魔法の使い手から学んだ知識を私に授けてくれた。
『次会うときは俺のことを師匠と呼ぶように』
と言い添えて。
「私に任せてください。……信じていただけますか?」
祖父と私の間にどれだけの信頼があるのか。情けないことに私には分からない。祖父の気持ちが分からない。
だが。
「ああ、信じよう。孫のお前のことはいつだって信じているさ」
予想外な言葉に、私は一瞬言葉を失ってしまった。
魅了されてるとはいえ、家族の誰も私を信じてくれなかった。
だがここに初めて私を信じてくれる家族が現れたのだ。不覚にも目に涙が浮かぶ。けれど泣いてる暇はないのだ。
「では、椅子に座ったまま体の力を抜いて……目を閉じてリラックスしてください」
涙を乱暴に拭い、祖父へと近づく。そっとその肩に触れる。
「では、いきます」
スウと息を吸って集中する。祖父への呪いを解くために。
数分後……いや、どれだけの時間が経過したかは分からない。
静まった屋敷内に叫び声が響いた。
「きゃああああ! 誰か、誰か来て! お祖父様が!!」
私の叫び声が響き渡ったのだ。
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