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第二章 今度こそ

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 メルビアスが言うところの光魔法。それが発動したのは後にも先にも一度きり。閉じ込められた箱を爆発させた時のみだ。
 首を傾げて不思議がっていると、「何を言ってるんだ」とそれこそ不思議そうに眉をひそめるメルビアス。

「お前、ずっと光魔法を使ってるじゃないか。ケーキ屋で会った時から今もずっと」
「え?」

 今度は私が「何を言ってるんだ」と眉をひそめる番だ。

「なに言ってるの? 使ってるって……爆発もなにもしてないわよ」
「本当に何を言ってるんだ。光魔法が爆発? そんな危険なもののわけないだろ。光魔法は攻撃より防御に特化してるんだ。自分の体に防御壁を張りながら、寝ぼけたことを言うんじゃない」

 言われたことを直ぐには理解できず、頭の中で整理する。そして私は「防御壁?」と呟きながら、自分の体をマジマジと見つめた。
 そこで初めて気付く。

「体が……うっすら光っている?」

 言われるまで、自分の体をジックリすみずみまで見るということをしたことがない。なにせ私は自他共に認める平凡で可愛くない顔立ちだったから。顔どころか体も何も、自分を見るということをしてこなかったのだ。
 そして初めて自分の腕や体を見て気が付いたのだ。
 体が光っていることに。

「これが光魔法?」
「そうでなくて何だと思ってる」
「これ……なんの意味があるの?」

 思ったことを素直に疑問として口にしたら、メルビアスがガックリと項垂れる。

「なによ」
「お前な……宝の持ち腐れという言葉は、お前のためにあるんだろうな。それはあらゆる攻撃からお前を守ってくれるんだよ」
「あらゆる攻撃? でも私、両親や兄からの暴力を思い切りこの身に受けていたわよ?」
「物理攻撃からの守護となると、また違う光魔法だろ。お前の体に張られた防御壁は、攻撃魔法から身を守るやつだ」
「こ、攻撃魔法?」

 驚いて聞き返せば、そうだと頷かれた。

「攻撃魔法なんて、そんなものほとんど無縁だと思うんだけど……」

 つまり意味のない防御壁を常に張ってたということか。考えて、己の無能さに脱力する。だがそこで脱力するのは早かったらしい。

「はあ……お前、本当に無知だな。魔法オタクなウディアスの孫とは信じられん」
「家族の中で魔法オタクはお祖父様だけだもの」
「魔力持ってるならもっと勉強しろ。……魔法ってのは俺のように意図して使うこともできるし、お前の時戻りのように意図しないで発動することもある。そして、攻撃された時に自動発動するオート機能もまたあるんだ」
「オート機能……」
「お前、常に魔法攻撃くらってるだろ。だからもう体が常に防御壁張るようになってるぞ」
「え!?」

 思わず大きな声が出てしまった。

「常に魔法の攻撃を受けてる? そんなの……」

 身に覚え無いわ。そう言いたいのに、なぜか言葉が出ない。

「魔法が発動してるのに気付かないくらいだ、攻撃くらってても気付けてないんだろ」
「そんな……」
「どうやら相手の魔法も、気付かせないような地味で陰湿な魔法らしいな」

 地味で陰湿。
 なぜだろう、その言葉を聞いて頭に浮かんだのは、まったく逆のイメージの存在。

「ミリス……?」

 義妹の顔が脳裏に浮かんだのだ。

「なんだその、聞くだけで不快になる名前は」

 メルビアスが義妹の存在を知るわけがない。教えていないのだから当然だ。だがそれでも名前だけで不快になると彼は言う。
 そしてその言葉通りに、綺麗な顔が嫌そうに歪む。

 彼には何か分かるのだろうか。百年以上生きて、魔力に、魔法に詳しい彼には感じるものがあるというのか。

「……帰ります。ベントス様に挨拶させて」
「ん? まあいいが。疑問は解決できたのか?」
「まだ分からない。それを確かめに家に戻らなくちゃ」

 何かを探るようなメルビアスの目を、私は真っ直ぐに見返す。
 一瞬の沈黙の後、メルビアスはスッと手を挙げた。それが合図。魔法の解除と発動の合図。

「こらメルビアス、子供相手に大人げない……あれ?」

 メルビアスに手を伸ばしたベントス様が、制止しようと走り寄り、だがあったはずのメルビアスの手のケーキが無い事に驚く。見れば窓の外では風で木の葉が揺れ、鳥が羽ばたいてどこかへと飛んで行った。
 時間が動き始めたのだ。

「ええっと、ケーキは……」
「あ」

 そうだ、ケーキはどうなったの!? と慌てて見れば、いつの間にかテーブルの上にケーキ皿が置かれていた。勿論、ケーキは綺麗サッパリ無くなっている。

「……食べたわね」
「なんのことやら」

 話に夢中で意識してなかったとはいえ、なんという素早い動き。
 恨みがましくジトリとメルビアスを睨んでから、ベントス様に向き直って慌てて頭を下げる。

 礼と、急用を思い出してすぐに帰らねばならないことへの詫びと。
 驚いた顔をするベントス様と、何を考えてるのかサッパリ分からないメルビアスを残して。

 私は帰路につくのだった。
 
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