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第二章 今度こそ
2、
しおりを挟む「ベントスに連絡しておいてやるから、今日のところは部屋に戻れ」
「ベントス?」
「今日会った知り合いの名前だ」
「そ、そうでしたわね」
前回のループでは一度会ったきりだった。祖父に紹介されたかの記憶も曖昧で、すっかり名前を忘れていた。
とにかく用件は済んだ。私は祖父に頭を下げて退室し、自分の部屋へと戻る。戻って、自室の惨状を思い出した。
「ああそうか。ミリスが服を全滅させたんだっけ……」
床に散らばる服の残骸。もはや着ることかなわぬ、ボロとなったそれ。それを何の感慨もなく見つめた。
メイドから、ミリスが部屋から出てきたのを見たと聞いて、その足で祖父に話しに行ったのだったな。けれど祖父は相変わらず家族の件に関してはノータッチ、塩対応で、結局数日同じ服で過ごす羽目になった……のが、前ループでのこと。
今回は祖父との会話の内容が変わったが、それ以外の行動は同じはず。たしか自室に戻ったところで……
「あらまあ、ひどいことになってますわね、お姉様」
とぼけた声が耳を汚したのだ。
「ミリス」
振り向けば、ニヤニヤした顔で扉付近に立つ義妹。口元を手で押さえてるが、そのニヤケ顔は隠せない。
「あなたがしたんでしょ?」
これは前回と同じ質問。それに対するミリスの返答はよく覚えている。
「あらご存知でした? ふふ、お姉様に似合うように、お直ししてさしあげただけですわ」
一言一句、前と同じことをミリスは言う。前回は、ここで私は彼女を睨みつけ、ふざけるなと怒鳴ったのだ。それでミリスは涙を浮かべて兄の元へ──
いや、そんなこと思い出す必要はない。そんな無意味なことは時間の無駄だから。今私がやるべきは、ミリスの相手なんぞではない。こんな女、どうでもいいのだ。
だから私は「そう」とだけ言って、服の残骸を拾い始めた。メイドに頼んでもいいのだけれど、とりあえずミリスが去るまでは自分でやろう。
「そう、ですって? それだけですか?」
さっさと立ち去るのかと思いきや、意外にもミリスは声をかけてきた。まるで不満で仕方ないというその物言いに、おやと思って顔を上げる。そこには悔しそうに私を睨むミリス。
なるほど、私が怒って、何かしらのアクションを起こすことを期待してたというわけね。それでまた家族の同情を買う作戦だったのに、思うようにいかなくて苛立ってるというとこか。
ほんと、幼稚ね。思わずクスリと笑えば、「なにがおかしいのよ」と言葉遣いをガラッと変えたミリスがまた睨む。
「別に」
会話は簡潔に。あれこれ言っても、この義妹に話が通じないのは、とうに理解している。揚げ足取りが趣味の義妹は、私が何を言っても悪くとらえて家族に言うのだ。涙ながらに。ならば会話は不要。簡潔が一番。
再び視線を床に落として服を拾う。その陰から見つかった物を、無言で拾い上げた。
「ちょっと待ちなさいよ、無視するなんていい──」
度胸。
ミリスの言葉と、私の動きが交差する。
私の腕を掴もうと伸ばしてきたそれを遮るかのように、私は拾った物を彼女に突きつけた。
「ひ!?」
「あら危ない、いきなり私の背後に立たないでちょうだいよ、ミリス。刺してしまうところだったわ」
「な、なにを……」
「どうしてこんなところにハサミが落ちてるのかしらね。ああそうか、ミリス、やった行為はどうでもいいけど、ハサミの後片付けくらいはちゃんとしてよ」
そう言う私の手には、ボロと共に床に落ちていたハサミ。その刃先がミリスの顔面スレスレで止まる。
青ざめるミリスからスッと離して、静かにそれをテーブルに置いた。
コトンと音が響いても、ミリスは動かない。だから私はもう一度ハサミを手に取る。
「なにをしているの? 早く自室へ戻れば?」
柄に指を入れ、クルンと回して刃先をミリスに向ける。所作は淡々と、無表情に。それだけで十分だった。ミリスは真っ青になりながら、無言で出て行った。
「ばっかみたい」
たったこれだけのこと。こんな簡単な抵抗で、脅しで、義妹をああも簡単に撃退できるとは。
我ながら情けない話だ。
何度もループして、精神だけは大人になり、ようやくここに来てうまく対処できつつあるようだ。
そのことを実感して、微笑む。実に楽しい気分で、また服を拾い始めるのだった。
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