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しおりを挟む処刑は早々に。明朝、日の出とともに、と告げられて王族との謁見は終わった。
呆然とする私の目の前から立ち去る国王は、どこまでも無表情だ。何を考えているのか全く分からない。
王太子はともかくとして、王は一体どういうつもりなのか。本気で王太子の言い分を信じてるのだろうか。それなら大問題だ。
かと言って、王太子の嘘を見抜きながらもこの茶番劇をただ観劇し、私の処刑を許したとしても……大問題だ。
聖女の自分が言うのもなんだが、聖女の存在というのは国にとって非常に重要なものだ。聖女がいるかいないかで大きく違う。
私という存在を踏み台にして王族の威厳を保ってきておきながら、ここにきて捨て駒とする意味が分からない。
王太子は、おそらくは自分が選んだ女性と結婚がしたいのだろう。だからこそ、このような阿呆な計画を立てた。王太子に異を唱えることが出来るのは国王のみ。その国王が何も言わないのだ、誰も何も言えるわけもない。
だから私は、立ち去る王族の中で、王太子ではなく国王だけを見つめ続けた。その表情を観察し続けた。
が、結局王は終始その表情を変える事はなく、発言も皆無で場を去ってしまった。
──視界の片隅で、ニヤリと笑う王太子。と、ニヤニヤ笑う令嬢の顔が見えた気がしたが、そんなものはどうでも良かった。興味の欠片もない。
衛兵に腕を掴まれ連れて行かれるまで、私はそうして王の顔を、背中を、居なくなったその後もずっと見つめ続けたのだった。
* * *
「馬鹿だなあ、お前は」
ピチョンと一滴、水が落ちる音がした。それにビクリと体を震わせていたら、格子越しに言葉をかけられた。
地下牢に閉じ込められた私。格子を挟んで向かいに佇むは
「アンディ……?」
「よう、久しぶり」
幼馴染のアンディだった。
聖女として見出された私が、故郷を離れたのは幼い頃。故郷の記憶は薄いけれど、確かに私にも、無邪気に笑って遊んでいた頃があったのだ。
あの日々がけして夢では無かった事を教えてくれる存在。
それが目の前のアンディという存在だ。
私より二つ上の彼は、つまり今19歳となる。立派に成長した彼と会うのは何年振りだろうか。私が王都に連れられてからしばらくして、俺も来たぜ! と笑顔で教会に挨拶しに来た日が懐かしい。
故郷を離れ、親兄弟から離れ、寂しさに日々涙していた。
涙する間もないくらいに聖女として忙しい日々に、疲れ切っていた。
幼い私に同情する者は居ないし、頑張ったねと頭を撫でてくれるような者もいない。
そんな私の目の前に突然現れた懐かしい顔に、当時の私はこらえきれずに泣いてしまった。司祭が慌てて私を連れて行くまで、私は泣き続け、アンディは……ずっと頭を撫でてくれていた。
それから数年、故郷や両親の記憶も曖昧になった頃。忙しさに眩暈がしそうな日々を送っていたら、また彼が現れたのだ。
『よ、久しぶり!俺騎士団に入ったから!』
実に軽く、簡単なことのようにそう言って、アンディは笑った。笑って私の頭を撫でてくれた。また泣きそうになったけれど、それではまた離されてしまうと経験を積んだ私は必死で涙をこらえた。
田舎町から王都まで出て来る事の大変さは、想像を絶するものだったろう。
何の知識も経験も無い者が、騎士団に入団する事がどれだけ過酷な道のりだったか、想像に難くない。
なのにアンディは笑ったのだ。なんてことないように、明るく。ニカッと。
苦しくて死にそうに辛い日々の中、彼の存在だけが救いだった。
助けた人々の笑顔も励みにはなったけれど。
アンディの存在は生きる希望。
大げさではなく、私はそう思っていた。
そのアンディが今、地下牢に入れられた私の目の前に立っていた。会うのは実に久しぶりだ。
そしてアンディは、久しぶりと言って笑ってくれた。
私はフラフラと立ち上がり、格子へと近付いた。ギュッと無機質で冷たいそれを握ったら、にゅっとアンディの手が伸びてきた。
伸びて来て、そっと私の頭を撫でてくれた。
「……アンディ?」
「頑張ったな」
そう言ってニカッと笑う。けれどその瞳の奥に、辛そうな悔しそうな、それでいて怒りの炎のような……何とも言えない複雑な色を見た瞬間。
タガが外れたようにポロポロと涙があふれてきた。
溢れて溢れて止まらない涙。泣き続ける私。
そんな私の頭を、アンディは何も言わずにずっと撫で続けてくれるのだった──。
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