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終わりの始まり
正人
しおりを挟むコツコツと足音が響く。
深夜の住宅街、人気は全くない。
僕はこの静けさが好きだ。時の流れとはいえ、すっかり騒々しくなってしまったこの世界。賑やかよりも静かな方が僕には好ましい。
別に何処へ行くでもなく歩く。やけに視線が高くなった事を最初は気持ち悪く感じたものだが、今はもう慣れた。
考え事をしながら歩いていたせいか、視線が俯き加減になっていたらしい。
不意に、視界に黒い靴が現れた。
視線を上げる。
全身黒ずくめの男が目の前に立って居た。目深にかぶったフードのせいで顔はよく見えない。だが、口元だけが笑っているのが見て取れた。
「何の用だ?」
思わず怒気を含んだ押し殺した声が出る。それに対して男は軽く肩を竦めた。
「そう怒るなよ。お前の願い事、叶えてやったってのにさ」
「叶えた、だと?これのどこが?」
僕は自分の胸に手を当てた。
僕の願いはただ一つ。里亜奈お嬢様の幸せ。それだけ。
そして里亜奈お嬢様の幸せは何か、男は知っている。どうすべきか知っていながら、僕をこんな姿にしたんだ。本来の子供の姿ではなく、大人の姿に。
「叶っただろう?あのお嬢ちゃんはお前と再会できた喜びで、今頃幸せいっぱいだろうよ」
「──幸せなもんか」
吐き捨てるように言った。
彼女は全てが元通りになる事を望んで居る。僕と竜人が側にいて、そして自分の姿も元に戻して──分かりながら、この男はけしてその願いを叶えようとしない。己の欲求のために。僕たちを自身の手駒とせんがために!
「お嬢様はきっと今頃泣いてる……」
それは確信。
むしろ僕と一瞬でも相まみえた事で、余計に悲しみを募らせてるはずだ。歪な状態の姿の僕を見て……一緒にようとしない僕の行動に、心を痛めてるに違いない。僕が怒ってると思ってるかもしれない。
「一緒に居てあげたいのに……彼女のそばに居たいのに」
そして支えてあげたい。抱きしめてあげたい。
だがそれは許されない。
この男が許さない。
もし男を無視してお嬢様の元へ行けば──僕の体は完全に消滅する。魂も。そう操作されてる。
成仏じゃない、消滅だ。そこが男の底意地の悪さだろう。
「願い事はそう簡単に叶っちゃつまらないだろ?」
「つまるつまらないの問題じゃない。お嬢様は十分に魂を集めた。なのにお前はいつまでも──」
「まだ全然足りないからなあ」
睨みつける俺の眼光をものともせず、男はヘラヘラと口を歪ませて笑った。その醜悪さに吐き気すら感じる。
「いいか?彼女は大量に命を奪ったんだぞ?あの屋敷の使用人全員に父親に姉、更には無関係にも近い近所の連中までな。その数がどれくらいになるか……お前は分かってるのか?」
「……」
その数がどれくらいか。
かつてあの屋敷に住まい、働いてた自分が知らないわけがない。当事者の一人である僕が、無知であるはずが無いのだ。
「彼女が奪った命の中には、尊く清い命も多くあったんだ。あんな理不尽で残酷な死に方をすべきじゃなかった者は多い。その恨みはとてつもなく大きい……彼女はその罪を償わなきゃいけないんだ」
「それが下衆を殺すことだってのか?」
「そうだ。清い魂を奪った彼女は、それより多い下衆の──汚い魂を集める義務がある。この世から悪を排除することでバランスを保つ仕事をしなきゃいけないんだ。その数が少ないはずないだろう?」
だが心配するな。
そう男は続けた。
「俺は嘘は嫌いだからな。彼女が相応の下衆の魂を集めたら、ちゃあんと望みを叶えてやるよ」
だから。
更に男は続ける。
「お前はその手伝いをすればいいんだよ」
「ならばそばに──」
「それじゃあ面白くない」
もったいぶるようにチッチッチと立てた人差し指が揺れるのを……僕はイラつきながら見ていた。
「願いは最後に叶わなくちゃな。だから必死になるってもんだ」
「一瞬だけ会いに行ってもいいと言ったのはどうして?」
「嬢ちゃん、最近モチベーション下がってたからなあ。お前に会わせりゃやる気も出るだろうさ」
それは間違ってない。男の狙いはきっと間違ってないのだ。
里亜奈お嬢様は僕の存在を意識した。嫌でももっと魂を集めようと躍起になってしまうだろう。
「お前は下衆な輩を誘導しろ。嬢ちゃんの標的となるような下衆を生み出せばいい」
そうすれば、お前たちの再会は思いのほか早くなるだろうよ。
そう言って男はまたニヤリと笑い。
ヒラヒラと手を振りながら闇の中へと去って行くのだった。
それを見送りながら。
いつの間にか血が出る程に握りしめていた手をそっと開いた。
それは紛れもない血。生きてる証の赤い血。
だが指を這わせるだけでそれは止まる。それこそが異常。
お嬢様も僕も人外と成り果てた。
全てを戻すには、癪だが男の言うがままに魂を集めるしかないのだろう。
そう思っていたら、とある気配を感じた。下卑て汚い、愚か者の思念が飛び込んでくる。
それを不快に思って眉を潜めるが、それでも足は勝手にその思念を発する者の方へと向かうのだ。
そいつの元へ行って、そっと下衆な輩の耳に囁く。
屑が、屑たるが故の行動を起こすように。そっとその背中を押すのだ。
そして出来上がった下衆の魂を、里亜奈お嬢様が屠る。何とも下衆な行為。だがそれでいい、それしか方法が無いのなら、そんな行為に感傷は何も浮かばない。
僕もお嬢様も闇に完全に落ちた。
全てはお嬢様の為に。自分の為に。
その先に果たして幸せがあるのかどうか。
それは誰にも分からない。
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