62 / 64
終わりの始まり
里亜奈
しおりを挟むシトシトと雨が降り続ける。朝から降り出した雨は昼を過ぎてもなお、やみそうにない。
私は部屋でボーッと頬杖をつきながら、そんな雨模様を眺めていた。
カチャリと音がしたけれど、そちらを見る気にもならなかった。きっとリュートが紅茶のカップを置いた音だから。
「お嬢様、お茶とケーキいかがですか」
ほらね、思った通り。
「要らないわ」
「お嬢様の好きな苺のケーキですよ。普通のではなく、苺タップリのやつ」
「──要らない」
「今一瞬迷ったでしょ」
鋭い指摘にウッとなるも、無表情を貫く。
食べたいけど……食欲が無いのだ。
「お昼もろくに召し上がっておられませんでしたのに。食べないと力が出ませんよ」
「関係ないわ。どうせ食べなくても死なないもの」
そう、死なない。私は死ねない。呪われた肉体は、死ぬことを許してはくれないのだ。
それでも食べるのは、単純にその味を楽しみたいから。自分は人なのだと実感したいから。それだけだ。
「先日のあれが気になるんですか?」
リュートの言う『あれ』とはアレの事だろう。
「リュートだって気にしてるくせに」
「まあ、確かに……」
あれ。
正人が大人になったような存在。
自分たちの事を見ていた、認識していた時点で、あれは確かに異質な存在である。
何か知ってるのだろうかと、あの後訪れた黒装束の男に問い詰めるも、何も知らないと肩を竦められてしまった。
それが真実かどうかは分からないが、知らないと言う時点で、何の情報もこちらに与えるつもりは無いということだ。問い詰めても時間の無駄。無駄な事はしたくない。
はあ……
あの日から増えた溜め息は、今日もこれで何回目だという多さで出てくる。
いつの間にかリュートは居なくなっていた。そっとしておこうと思ったのか。その気遣いが今はありがたい。
視線の先にある紅茶はもう湯気を立てていなかった。
「冷めてしまったわね……」
折角入れてくれたのにと申し訳なく思うも、やはり食欲はわかなかった。
フイと視線をまた窓の外にやって。
私の視線はある一点に釘付けとなる。
窓の外。
庭の奥、草木が生い茂った先の方。
大木の下で、その人は居た。雨を気にせず、ずぶ濡れになりながら立っていた。
ふとその視線が上を向き。
「──!!」
バンッと乱暴に扉を開けて私は走った。庭へ向かって。あの人が居る場所に向かって──!!
「お嬢様!?」
驚いたようなリュートの声が聞こえたけれど、私は立ち止まる事はしなかった。出来なかった。
早く、早く……あの人の元へ……正人の元へ!!
「正人!!」
庭に出る。雨足は強くなっていた。だけど傘を差す余裕なんてない私は、大急ぎでその方向へと向かったのだ。部屋から見えた、彼の居る場所へと。
目的の場所に人影を認めて私はホッとした。もしかしたらもう居なくなってるかもしれないと思っていたから。
「正人……?」
恐る恐る声をかければ、ゆっくりと振り返る。
息を呑んだ。
それはやはり先日見た人物だったから。
正人ではない、正人のような子供ではない。そもそも正人が居るはずもない。
だけど分かった、分かってしまった。
その優しい瞳が……私へと向けられる視線が、紛れもなく正人だったから。
恋しく懐かしい、あの正人の──!!
「正人──!!」
堪えられなかった、我慢できなかった。私は一気に走ってその体にしがみついた。しがみついて……泣いた。
「正人、正人、正人──!!ああ、うああぁぁ……!!」
会いたかったの、貴方に会いたかったのよ。ずっとずっと……!!
泣いて泣いて、ひたすら泣いて。頬をつたうのは雨なのか涙なのか分からないくらいに泣いた。
そして少し落ち着いた頃。
ポンと頭に手を置かれた。
大きくて、温かい。優しい正人の──
顔を上げれば、困ったような顔が私を見ていた。
「正人?」
「ごめん」
なんの謝罪なのか分からない。だが正人は本当に申し訳なさそうに。悲しそうに、眉をハの字にして私を見つめていた。
「なぜ謝るの?」
「謝りたいから」
かつての正人と違って敬語ではない。対等の話し方をする正人が新鮮で、思わずマジマジとその顔を見つめてしまった。
その視線はフイと彼が目を逸らす事で避けられてしまった。
「正人……?」
言い知れぬ不安が襲い、私はその腕をギュッと掴んだ。
正人正人正人……貴方は正人でしょう?そうなのでしょう?
どうしてそうだと言ってくれないの?
雨はどんどん強くなってきた。お互いにずぶ濡れだ。
しばしの沈黙の後、正人がこちらを再び見た。その目には、何かしら強い決意が込められてるように見えた。
「もう行かなくちゃ。キミに会えて良かった」
「え──!?」
どうして?やっと会えたのに!やっと再会できたのに!
大人になった姿の正人。だがそれがどうしたと言うのだ。それを言えば私なんて全くの別人で──
だから気にしないで側に居て欲しい。もう離れたくなどないのに!
必死に縋るも、その手はあっけなく放されてしまった。
正人は私の体を強引に押しやり、背を向けた。
止めなくてはいけない。このまま別れては、次会えるのはいつになるのか……!
だけど正人は止まらない。私も動けない。
ザアア……と雨が降りしきる中。
頬を伝うは雨なのか涙なのか。
分からないまま、私はいつまでも動けずにいた。
1
『第4回ホラー・ミステリー小説大賞』に参加しております。気に入っていただけましたら投票いただけると幸いです。宜しくお願いします。
お気に入りに追加
165
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
不労の家
千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。
世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。
それは「一生働かないこと」。
世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。
初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。
経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。
望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。
彼の最後の選択を見て欲しい。
心霊捜査官の事件簿 依頼者と怪異たちの狂騒曲
幽刻ネオン
ホラー
心理心霊課、通称【サイキック・ファンタズマ】。
様々な心霊絡みの事件や出来事を解決してくれる特殊公務員。
主人公、黄昏リリカは、今日も依頼者の【怪談・怪異譚】を代償に捜査に明け暮れていた。
サポートしてくれる、ヴァンパイアロードの男、リベリオン・ファントム。
彼女のライバルでビジネス仲間である【影の心霊捜査官】と呼ばれる青年、白夜亨(ビャクヤ・リョウ)。
現在は、三人で仕事を引き受けている。
果たして依頼者たちの問題を無事に解決することができるのか?
「聞かせてほしいの、あなたの【怪談】を」
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
SP警護と強気な華【完】
氷萌
ミステリー
『遺産10億の相続は
20歳の成人を迎えた孫娘”冬月カトレア”へ譲り渡す』
祖父の遺した遺書が波乱を呼び
美しい媛は欲に塗れた大人達から
大金を賭けて命を狙われる―――
彼女を護るは
たった1人のボディガード
金持ち強気な美人媛
冬月カトレア(20)-Katorea Fuyuduki-
×××
性悪専属護衛SP
柊ナツメ(27)-Nathume Hiragi-
過去と現在
複雑に絡み合う人間関係
金か仕事か
それとも愛か―――
***注意事項***
警察SPが民間人の護衛をする事は
基本的にはあり得ません。
ですがストーリー上、必要とする為
別物として捉えて頂ければ幸いです。
様々な意見はあるとは思いますが
今後の展開で明らかになりますので
お付き合いの程、宜しくお願い致します。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる