お嬢様と少年執事は死を招く

リオール

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終わりの始まり

里亜奈

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 シトシトと雨が降り続ける。朝から降り出した雨は昼を過ぎてもなお、やみそうにない。
 私は部屋でボーッと頬杖をつきながら、そんな雨模様を眺めていた。

 カチャリと音がしたけれど、そちらを見る気にもならなかった。きっとリュートが紅茶のカップを置いた音だから。

「お嬢様、お茶とケーキいかがですか」

 ほらね、思った通り。

「要らないわ」
「お嬢様の好きな苺のケーキですよ。普通のではなく、苺タップリのやつ」
「──要らない」
「今一瞬迷ったでしょ」

 鋭い指摘にウッとなるも、無表情を貫く。
 食べたいけど……食欲が無いのだ。

「お昼もろくに召し上がっておられませんでしたのに。食べないと力が出ませんよ」
「関係ないわ。どうせ食べなくても死なないもの」

 そう、死なない。私は死ねない。呪われた肉体は、死ぬことを許してはくれないのだ。
 それでも食べるのは、単純にその味を楽しみたいから。自分は人なのだと実感したいから。それだけだ。

「先日のあれが気になるんですか?」

 リュートの言う『あれ』とはアレの事だろう。

「リュートだって気にしてるくせに」
「まあ、確かに……」

 あれ。
 正人が大人になったような存在。
 自分たちの事を見ていた、認識していた時点で、あれは確かに異質な存在である。

 何か知ってるのだろうかと、あの後訪れた黒装束の男に問い詰めるも、何も知らないと肩を竦められてしまった。
 それが真実かどうかは分からないが、知らないと言う時点で、何の情報もこちらに与えるつもりは無いということだ。問い詰めても時間の無駄。無駄な事はしたくない。

 はあ……

 あの日から増えた溜め息は、今日もこれで何回目だという多さで出てくる。

 いつの間にかリュートは居なくなっていた。そっとしておこうと思ったのか。その気遣いが今はありがたい。
 視線の先にある紅茶はもう湯気を立てていなかった。

「冷めてしまったわね……」

 折角入れてくれたのにと申し訳なく思うも、やはり食欲はわかなかった。

 フイと視線をまた窓の外にやって。

 私の視線はある一点に釘付けとなる。

 窓の外。
 庭の奥、草木が生い茂った先の方。

 大木の下で、その人は居た。雨を気にせず、ずぶ濡れになりながら立っていた。

 ふとその視線が上を向き。

「──!!」

 バンッと乱暴に扉を開けて私は走った。庭へ向かって。あの人が居る場所に向かって──!!

「お嬢様!?」

 驚いたようなリュートの声が聞こえたけれど、私は立ち止まる事はしなかった。出来なかった。

 早く、早く……あの人の元へ……正人の元へ!!

「正人!!」

 庭に出る。雨足は強くなっていた。だけど傘を差す余裕なんてない私は、大急ぎでその方向へと向かったのだ。部屋から見えた、彼の居る場所へと。

 目的の場所に人影を認めて私はホッとした。もしかしたらもう居なくなってるかもしれないと思っていたから。

「正人……?」

 恐る恐る声をかければ、ゆっくりと振り返る。
 息を呑んだ。
 それはやはり先日見た人物だったから。

 正人ではない、正人のような子供ではない。そもそも正人が居るはずもない。

 だけど分かった、分かってしまった。
 その優しい瞳が……私へと向けられる視線が、紛れもなく正人だったから。

 恋しく懐かしい、あの正人の──!!

「正人──!!」

 堪えられなかった、我慢できなかった。私は一気に走ってその体にしがみついた。しがみついて……泣いた。

「正人、正人、正人──!!ああ、うああぁぁ……!!」

 会いたかったの、貴方に会いたかったのよ。ずっとずっと……!!

 泣いて泣いて、ひたすら泣いて。頬をつたうのは雨なのか涙なのか分からないくらいに泣いた。
 そして少し落ち着いた頃。

 ポンと頭に手を置かれた。

 大きくて、温かい。優しい正人の──

 顔を上げれば、困ったような顔が私を見ていた。

「正人?」
「ごめん」

 なんの謝罪なのか分からない。だが正人は本当に申し訳なさそうに。悲しそうに、眉をハの字にして私を見つめていた。

「なぜ謝るの?」
「謝りたいから」

 かつての正人と違って敬語ではない。対等の話し方をする正人が新鮮で、思わずマジマジとその顔を見つめてしまった。

 その視線はフイと彼が目を逸らす事で避けられてしまった。

「正人……?」

 言い知れぬ不安が襲い、私はその腕をギュッと掴んだ。

 正人正人正人……貴方は正人でしょう?そうなのでしょう?

 どうしてそうだと言ってくれないの?

 雨はどんどん強くなってきた。お互いにずぶ濡れだ。

 しばしの沈黙の後、正人がこちらを再び見た。その目には、何かしら強い決意が込められてるように見えた。

「もう行かなくちゃ。キミに会えて良かった」
「え──!?」

 どうして?やっと会えたのに!やっと再会できたのに!

 大人になった姿の正人。だがそれがどうしたと言うのだ。それを言えば私なんて全くの別人で──
 だから気にしないで側に居て欲しい。もう離れたくなどないのに!

 必死に縋るも、その手はあっけなく放されてしまった。
 正人は私の体を強引に押しやり、背を向けた。
 止めなくてはいけない。このまま別れては、次会えるのはいつになるのか……!

 だけど正人は止まらない。私も動けない。

 ザアア……と雨が降りしきる中。
 頬を伝うは雨なのか涙なのか。
 
 分からないまま、私はいつまでも動けずにいた。


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