お嬢様と少年執事は死を招く

リオール

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第七話 ストーカー

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 ムシャクシャした気分を晴らしたいとき、俺はいつも愛車で峠を走る。別にコーナーをせめたりなんて事はしないし出来ないが、誰も邪魔の居ない深夜の走りは落ち込んだ気分を持ち直すのに最高なんだ。

 そうして今夜も俺は無言で車を走らせる。親に買って貰った外車はいい音をさせながら、思った通りにコーナーを曲がってくれるから気持ちいい。

 頭は少し冷えて落ち着いてきた。

 あの女──小百合の事を考えると苛ついて仕方なかったから。

 生意気にも分不相応に付き合えた俺を、アッサリ捨てた女。

『貴方とは住む世界が違うわ』

 そう言った女。
 ムカついた、許せなかった。

 だから付き纏った。やはり俺の方がいいと土下座するまで。俺の元に戻るまで。

 なのにあの女はあろうことか俺をストーカー扱いしやがった。

 更には別の男と結婚するとまで。

 結婚だと!?俺というものがありながら!

 ふざけるな!

 そんな時に言われたんだ。「あいつ」に。「あの男」に。

 俺はとある男との会話を思い出す。

『そんなに大事なら──』

 あの男は言ったんだ、俺に。薄笑いを浮かべながら。

『そんなに彼女が大事なら、欲しいなら、いっそ殺してしまえばいい』
『殺す瞬間、彼女が見るのは貴方だけだ。死ぬその瞬間、考えるのは貴方だけ』
『その時、彼女は永遠に貴方のものとなるでしょう』
『だから、ほら──』

 男が指さす先には、夜道を歩く小百合。愛しく憎い小百合。

『殺してしまいなさい』

 男は俺の耳元で囁いたのだ。

 それは魅力的な言葉で。

 俺はその言葉に従ったまでのこと。
 俺は誘惑に従い小百合を──

 それでも悶々とした気持ちはなかなか晴れなかった。だからこうして深夜のドライブへと出たのだ。
 俺はスピードを上げる。

 カーブ手前で一気に減速し、立ち上がりの瞬間、一気に加速を──

「うわっ!?」

 しようとした瞬間、俺は慌てて急ブレーキを踏んだ。

 物凄い音と衝撃と共に、車は止まった。

 それにぶつかる直前で。

 ハアハアと息を荒くし、俺は目の前の存在を凝視する。
 暗闇の中、ヘッドライトに照らされ浮かび上がる存在──それは人間だった。

「何やってんだテメエはぁっ!!」

 怒りにまかせて俺は乱暴にドアを開けて外に出た。馬鹿みたいにその場に突っ立っている女に向けて怒鳴り散らす。

「こんな道路の真ん中に突っ立ちやがって!死にてえのか!?」

 女──そう、それは長い黒髪を垂らした女だったのだ。だが待てよ、その服、何処かで見覚えがあるような……

「おい、聞いてんのか!?」

 動かない女にムカついてその肩を掴んだ瞬間。

 女がこちらを向いた。

 その顔を見た瞬間──

「ひい!!」

 俺は腰を抜かしてその場に尻餅をついてしまった。
 その女の顔に俺は見覚えがあったのだ!

 だがこんな所に居るはずの無い──いや、この世に居るはずの無い存在。

「さ、小百合……!?」

 俺が殺した女、だったのだ。

 ユラリと女の体がこちらを向く。よく見ると、その体は血まみれだった。俺が刺した箇所……。

「ひいいいい!!」

 俺は腰を抜かしつつ、どうにか這いずって車に戻り。バタンと扉を閉めた。

 直後。
 バンッと窓ガラスを叩く音。
 チロリと目をそちらに動かして。

「ひい!」

 視界の片隅に小百合の顔を認識して、俺は慌ててアクセルを踏んだ。

 激しい音を立てて車は走り出す。

 早く早く……早くこの場から逃げなくては!

 幾つものカーブを曲がる。峠は下りで気を抜くと一気にスピードが増す中で、おぼつかないドラテクでギリギリのラインを走り抜けた。

 あと少し。
 確かあと数カ所コーナーを抜ければ、ふもと。其処にはコンビニが有ったはず。そこまで行ければ──!!

 そう考えた直後、何気なく見たバックミラー。

「ひい!!」

 そこに映った物に血の気が引いて、俺は慌ててブレーキを踏んだ!

 また苦しげな音と共に、車が軋みながら止まった。

 俺はハンドルに額を当てて荒い息を整える。ギュッと目を閉じて──勇気を出してバッと後ろを見た!

 車の背後ではない。それよりもっと近い──後部座席を凝視する。

 先ほど見たとき、そこにあいつが居たんだ。居るはずの無い、居てはいけない存在が。……小百合が座っていたんだ!

 だが。
 振り返るとそこには誰も居なかった。

「い、居ない……?」

 もう一度バックミラーを見る。やはりそこにも誰も映っては居なかった。

 はああ……

 安堵の溜め息を漏らし。
 微かに見えるコンビニの明かりを確認したことに俺はホッとし、車を走らせようとサイドブレーキに手をかけたその瞬間──

「逃がさなあい……」

 ヒタリ。
 顔に感じる手の感触。耳元にかかる生温い吐息。

「うわあああああ!?」

 恐怖のドライブはこれからだ──



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