お嬢様と少年執事は死を招く

リオール

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第六話 少女と狼犬

18、

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「ガウッ!!」
「竜人(りゅうと)?」

 涙がようやく落ち着いた頃、私は歩き出した。
 山の中をとりあえず見知った場所を歩く。その更に奥には行ったことないけれど、竜人がいるなら心強い。きっと大丈夫。そう思って歩いていたら。

 突如竜人が立ち止まって後ろを振り返るのだった。

 それは屋敷の方角。
 正人の居る方角。

「竜人、どうしたの?」
「キューン……」

 不思議に思って聞けば、どこか不安そうに落ち着きを無くす竜人。
 私を見て、屋敷を見て……しばし逡巡した後。

「竜人!?」

 ダッと走り出したのだ──屋敷に向かって!

 ドクンと心臓が大きく跳ねた。
 竜人がそれほどまでに慌てて走る理由。屋敷へ向かう理由。
 それを考えると、嫌な予感しかしない。

 ドクンドクンと心臓が激しく鼓動する。

 逃げなければ。
 そう思うのに。

 足は、意に反して屋敷へと向かうのだった──




 その時だった。何かが見えて、私は慌てて立ち止まる。バッと木の影に隠れて覗き見れば……それは火。無数の松明が見えた。

 それは確実にこちらに向かっている。考えるまでもない、あれは追っ手の光。私を追って来た、何者かの──。

 心臓が早鐘を打つかのように激しく動く。恐ろしくて、たまらなく恐ろしくて。捕まったらどうなるか考えただけでも恐ろしくて。

 今ならまだ間に合う、すぐ山奥に走って向かうべきなのだ。
 だというのに、私の足は思うように動いてはくれない。

 何よりも気になるのは正人のこと、竜人のこと。

「ああ……どうすれば……」

 顔に手を当てて考えるも、何も妙案は浮かんではくれなかった。
 先ほどのような恐ろしい行為はもう出来ない。我にかえってしまえば、とても出来そうにない。したくない。
 けれどじゃあどうすれば正人達の元へ行けるのだろうか。

 どうすれば、どうすれば……そう思いながら暗闇を見つめる。

 ──暗闇?

 そこで気付く。
 松明は未だ固まって来ているのだ。数は多いがあまり分散してる様子が無い。
 夜の山という危険な場所。どうやらこの山に詳しくない者が多いようだ。ということは、屋敷外部の人間も含まれてるということか……。

 ならばまだ機会はある、可能性はある。
 この辺はまだ私の見知った、勝手知ったる場所だ。距離は長くなるが、急がば回れ……追手の目をかいくぐって屋敷に戻る事は出来る。

「正人、待ってて……」

 不安が襲い来る中で、それでもどうにか冷静さを保って。
 私は屋敷へと慎重に向かった。



※ ※ ※



(正人──)

 お嬢様の声が聞こえた気がした。

 そんなはずないのに。今頃彼女は山の奥へと向かって逃げてるはずだというのに。

 その先に明るい未来が待ってるかどうか分からない。けれど生きてさえいてくれれば、きっと可能性は有るのだ。彼女が幸せになる可能性が。

 それを見ることが出来ないのは寂しいけれど。一緒に居られないのは悲しいけれど。

 でも俺は、それでも満足だった。命をかけて彼女を守った自分を誇らしいと思えた。

 親兄弟を亡くし、孤独だった自分。
 親兄弟が居るのに孤独だった里亜奈。

 俺たちはとても似ていた。惹かれ合うのは当然のこと。

 出来ることなら最後まで守り抜きたかった。己の弱さを悔しく思う。
 もっともっと助けてあげたかった。

 抱きしめて、あげたかった──

 ああ、でももう体は動かない。
 怒り狂った大人たちに暴行され、俺の体はボロ雑巾のようだ。手足はもはや指先すらも動かない。

 視界ももう霞んで、ほとんど何も……

「クウン……」
「──!!」

 不意に、聞こえた声。
 どうしてここに居るんだ?彼女はどうしたんだ?

 そう攻めるのはお門違いなのだろう。

「りゅ……と……」

 どうにか声が出せたようだ。

「ワウ!」

 それが嬉しいのか、元気な声が返って来た。
 でもごめんな、もう俺はお前の頭を撫でてやることは出来ない。餌を与えてやることも出来ない。一緒に遊ぶことも、寝ることも、里亜奈様と共にお前の側にいてやることも──

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