お嬢様と少年執事は死を招く

リオール

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第六話 少女と狼犬

16、

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「おい、こっちだ!」
「本当に化け物が居るのか!?」
「そうだよ、里亜奈お嬢さんが化け物になっちまったんだ!!」
「なんてこった!」

 不意に遠くから声が聞こえた。叫び声と怒号が混じったその声は、大勢の大人の声。

 おそらくは逃げおおせた使用人の誰かが、救いを求めたのだろう。その声と足音は、かなりの人数であることを私に告げていた。

 先ほどまでの私なら難なく撃退出来たであろうが、我に返った今では恐らく──

「ま、正人……」

 これほどに恐ろしい事をしたのだ。掴まればきっと無事では済まないだろう。
 どうしよう。どうすれば?
 不安でその腕に縋りついた。

 嫌だ、死にたくない。
 身勝手だと分かってはいても、それは本能。人としての本能なんだ。

「どうして……?私はただ、望んだだけなのに……」

 ただ、幸せを望んだだけなのに。

「大丈夫です」

 安心させるように、正人が力強く抱きしめてくれた。
 そしてすぐに突き放された。

「正人?」
「逃げてください里亜奈お嬢様」
「え──?」
「裏山はとても大きい。入り込めば簡単には見つけられません。逃げてくださいお嬢様。生きていれば……きっと何とかなります」
「──正人も一緒、よね……?」

 その言い方が引っかかって、不安になって問いかければ、ゆっくりと首を横に振られてしまった。
 どうして?
 どうして一緒に来てくれないの!?

「僕は残ります。残ってお嬢様が逃げる方向と逆を教えて、出来るだけ時間を稼ぎますから」
「そんな!危ないわ!」
「大丈夫ですよ。誰も僕を怪しんではいませんから。聞こえてくる声から察するに、お嬢様だけだと思ってるようですし」
「でも──」
「お嬢様」

 なおも縋ろうとする私を、正人は見つめる。とても優しい目で。

「正人?」
「僕は貴女が好きです」
「──!!」

 突然の告白に、私は言葉を失ってしまった。
 こんな時なのに。心臓がドクンと高鳴った。

「でも僕は使用人。大人になっても、けしてお嬢様と結ばれる事のない……ただの使用人です。だからこの気持ちは封印しようと思っていた。そう、決めてたのに……」

 ただ貴女の幸せを望んでいたんです。そう、正人は言った。

「……私はとても醜いのに?」
「とても可愛らしいですよ」

 それは嘘偽りのない本音なのだろう。とても心に染み入る言葉。

 今の私ではない。
 かつての、醜い私を、正人は好きだと言ってくれてるのだ。可愛いと言ってくれてるのだ。

 なのに、なのに私は──

「私は変わってしまったわ」
「何も変わりません。今も里亜奈お嬢様はとても優しく可愛い、俺の大切な人です」
「私は穢れてしまったわ」
「穢れてなどおりません。貴女はこれまで通り、清らかで美しい心を持っておられます」

 嘘だ嘘だ嘘だ。
 それはきっと嘘だ。優しい嘘。

 私は変わってしまった、穢れてしまった。
 もう、一緒には居られない。

 声が近づいてくるので、二人で山へと向かった。
 そして。

「さあ、行ってください」
「正人……」
「大丈夫ですから」

 さあ。

 優しい笑みを残して、正人は屋敷へと戻ろうとした。だがその瞬間。

「待って!」

 思わず声が出た。
 驚いた顔で振り向く正人。私はギュッと拳を握りしめた。

 言わなくちゃ。今言わなくちゃきっと後悔する。言わなくちゃ──!

「正人、私も──」
「お嬢様!」

 言葉を遮られ、体がビクリと震えた。そのせいで言葉は途切れてしまう。

 言わなくちゃ。

「早くお逃げ下さい」

 言わなくちゃ。

「続きは後で必ずお聞きしますから」

 今……言わなくては……

「竜人、里亜奈お嬢様を頼んだよ」
「ワウ!」

 今言わないときっと私は──!

「正人!」
「さようなら、お嬢様」

 正人はそれ以上私の言葉を聞こうとしないで、走って屋敷へと戻ってしまった。

 ハッキリと「さようなら」と別れの言葉を言って。
 後で聞くと言いながら……別れの言葉を!!

 ガクリと膝を折って、私はただただ涙を流すしかなかった……。





 
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