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第六話 少女と狼犬
15、
しおりを挟む「ああああっ!!」
痛みで意識を取り戻した姉がまた咆えた。舌が無いから咆えるしか出来ないのだ。
なんと汚い声だろう。あんなに可愛らしかった姉なのに。今やその影はどこにも残っていない。
それに引き換え私は──すぐに血は消えて美しい手で私の頬を撫でた。
ああ、スベスベだ。姉より美しい肌、美しい容姿。
これならば──きっとお父様も愛してくださるに違いない。
もう殴られる事もないかもしれない。
そして……
「お嬢様!?」
不意に、声がした。それは聞き覚えのある声。
大好きだけど、今は聞きたくなかった、それ──
私は恐る恐る声のした方を……玄関扉の向こうを見たのだった。そこには──
「正人──」
恐怖で真っ青になってる正人が、そこに居た。
彼の足元には大きな狼犬。
「竜人……」
「え!?」
私の呟きに驚いた顔で見る正人。ああ、彼は私が里亜奈だとは気付いていないんだ。
誰とも分からない人物に、真里亜が襲われてると思ってるのだ。
それほどまでに私は変わってしまったのだ──
急速に頭が冷える。
状況を理解し。
私は自分のしたことを考えて恐ろしくなった。
「──ひ!」
持っていた物を慌てて床に放り投げる。あれは姉の眼球。今、あるべき場所から奪い取った……
「あ、あ……私……」
それまでの高揚感が嘘のように冷え切った心。
何かを失いかけていた私の心が、正人の登場によって──
血まみれの手。──もう綺麗になる事なく、それは赤黒く汚れたままだ。
屋敷中に転がる屍の数々。死屍累々たる光景に私は血の気が引き、そして正人もまた、蒼白になっていた。
竜人の唸る声でようやく完全に私は我を取り戻した。
私は何をしていたの?
なんて恐ろしい事をしたの?
ガクガクと体が震えだした。
「里亜奈お嬢様、なんですか……?」
恐怖で。自分が恐ろしくて。
自身の体を抱きしめてガタガタ震えていると、正人が信じられないという顔で問うてきた。
それを怯えた目で見る私。
それが問いへの答え。
「そんな……まさか……」
信じられないだろう。私も信じられない。これが夢で無くて現実だと?そんなこと、誰が信じられるものか。
けれどこれはけして覚めない、覚める事のない……現実、なのだ。
「いや……」
嫌だ。
「いやよ……」
こんなのは嫌だ。
「嫌よ嫌よ……いやああああああ!!!!」
愛して欲しかった。
可愛くなりたかった。
優しくされたかった。
優しくしたかった。
──強くなりたかった。
なのに私はこんなにも弱い。邪悪な存在の甘言を受け入れて、己の欲望に従い、我を忘れて罪もない人々を地獄に落として──!
頭を抱えて叫ぶ私。
自身の犯した罪に耐えられず、私は床にうずくまってしまった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
許されない。許されるはずもない大罪。それでも私に出来るのは謝罪する事だけなのだ。
ボロボロと涙を流してひたすら謝り続ける。
その時──フワリと温もりを感たのだ。
「大丈夫ですよ、里亜奈お嬢様」
正人だ。正人が抱きしめてくれてるのだ。変わらぬ温かい手で、私を優しく包み込んでくれる──
「あ、あああ、あああああ……!!」
「大丈夫です。お嬢様は大丈夫ですから……」
ボロボロと大粒の涙を流しながら、私はその体に縋りついた。縋りついて、ひたすら泣いた──
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