お嬢様と少年執事は死を招く

リオール

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第六話 少女と狼犬

11、

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 ガチャンと何かが落ちる音がした。
 目を開けば、姉が驚愕の目で私を見ている。その足下には火かき棒。何かに驚いた姉が落としたのだろうか。

 何?
 ──何に驚いた?

 不思議に思って私は身を起こした。

「……え?」

 身を、起こした──?
 そんな馬鹿なと思う。私の体はズタボロで、指一本すら動かせるはずがなかったというのに。

 それなのにどうして?

 驚いて私は自身の手を見た。
 そこには。

「なに、これ……」

 手があった。確かに私の意思で動いた手が。でもそうじゃない、それは手じゃない。
 ──いや、正しくは『私の手じゃない』

 私の手は荒れて汚かった。潤いなど全くないガサガサで擦り傷だらけ、痩せ細って何とも見すぼらしい……それこそが私の手だった。

 なのにこれはどうした事か。
 今私の目に映るのは、透き通るような白い肌、潤ってツヤツヤして、荒れも擦り傷も何も無い、スベスベの……とても美しい手。

 これが私の手?本当に?
 信じられなくて動かしてみるも、やはり私の意思で動く、感覚のある私の手。

「何これ……」

 もう一度呟いた時だった。

「化け物!!」

 姉の悲鳴のような叫び。
 その声に驚いて顔を上げた私は、恐怖に彩られた目で私を見る姉と目が合った。──そんな姉を見るのは、初めてだ。母を失う瞬間の恐怖の時でさえ、そんな顔はしなかったというのに。

「お姉様……?」
「ひ!」

 私はその美しい手を姉に伸ばす。
 恐怖で引きつった顔のまま、姉は一歩後ろへと後ずさった。

 なに?なんなの?どうしてそんなに怖がるの?
 ああ、ひょっとして私の顔が不気味なのかしら?でもそれはお姉様が私を殴ったから。殴って殴ってボロボロにしたから。

 だから私は──

 そう思った。
 思ったのだけど、ふと気付く。手もだけど、私の体は普通に動くのだ。痛みも何も無い。まるで正常な状態で──

「──え?」

 そこで気付く。
 手を見て腕を見て、体を見て。
 気付いた。

「どうして!?」

 私はドレスを着ていたのだ。
 とても肌触りの良い、着心地の良い……

 何より驚いたのは、そのドレスのデザインだった。
 これは、このデザインは……!

 見覚えがある、確かにある、そうださっき見た、さっき見たばかりだ!

 あれは確か……

「人形の、服?」

 そうだ、人形はどうなったのだろう?
 ボロボロになって首だけになった人形は……どうなったのだろう?

 慌てて見まわすも、どこにも人形は見当たらなかった。どうして?どこに行ったの?
 ひょっとして……姉がまだ持ってるのだろうか?

 そこで私はまた姉を見た。

「ひいい!」

 姉は相変わらずそこから動けないように固まったまま、恐怖の目で私を見ていた。
 その手を見る。
 右手。
 左手。
 どちらにも人形は無かった。

「どこ?」

 私は静かに姉に歩み寄る。

「ひ……こ、来ないで……」

 怯えた姉を気にする余裕もなく、私は容赦なく姉に近付く。姉はガタガタ震えるだけで動かない。

「どこにやったの?」
「私の人形は?」
「あの綺麗な人形は?」

 矢継ぎ早に問いかけるも、姉は歯をガチガチ言わせて何も言おうとしない。苛立ちがつのった。

 私は一歩、また一歩と姉に近付き。
 そして。

 ガッとその両肩を掴んだ!

「ひい!!」
「どこにやったの!?」

 返せ!
 あれは私の人形!
 姉の物にするなど勿体ない!
 あれは、私の──

 いよいよ姉は涙を浮かべて私を見るのみ。ガクガク震えて口がまともに動かす事が出来ないようだった。

 その目を覗き込んだ瞬間。

 違和感は、唐突にやってきた。

「え──」

 姉の瞳。
 その怯えた瞳。
 涙を浮かべた瞳。

 そこに映るのは──

「誰……?」

 驚愕の目をした少女が、姉の瞳に映っていた。

 緩いウェーブ……金に輝く髪を揺らした美少女が、映りこんでいたのだった。
 
「いやあああ!!」

 驚愕のあまり、茫然と姉の顔を覗き込んでいたのだが、姉の恐怖は限界だったようだ。

 突然叫んだかと思ったら、強く突き飛ばされてしまった。

「あ──!!」
「化け物!!あんた何なの!?一体なんなのよ!!どうしてなんで……!化け物化け物化け物ぉぉぉ!!!」

 したたかに家具に体を打ち付けて悲鳴を上げる私を見下しながら、姉はヒステリックに叫び続けた。

「死にかけてたのに!確実にもう死んでるのも同然だったってのに!どうして生きてるの!?どうしてよどうして生きてるのよ!!それにその姿は何!?どうして突然変わるわけ!?お前本当に里亜奈なの!?里亜奈なわけないわよね!?じゃあ里亜奈はどこよ、どこ行ったのよ!お前は一体どこから現れたのよ!!」

 混乱してるのだろう、言葉が支離滅裂だ。彼女の興奮が逆に私の頭を冷静にさせた。

 私はどうにか立ち上がり、パンパンとドレスの裾をはたいた。──なんと手触りの良い服か。
 かつて、母が亡くなる前、虐げられる前に着ていたものですらこんな上質な物は無かった。姉ですらこんなの持ってるかどうか……。

 自分の変化を少しずつ理解し、私はスッと顔を上げて姉を見た。
 怯えた顔で尚も私を見つめるその目に向けて。
 私は言った。

「私は里亜奈です、お姉様」
「──は?」

 間を置いての返事。すぐには受け入れがたいのだろう。私だってそうだ、まだ受け入れてない。

 ふと視界の隅に何かが映った。そちらに視線を向ける。

「──!!」

 それは鏡だった。
 鏡の中の人物と目が合う。

 すぐに鏡の中の人物は、驚愕で目を大きく見開くのだった。

 ──私と同じように。

 あまりの事に、私は重く感じる足を引きずるようにして、鏡へと近づく。
 そっと手を伸ばす。
 ペタリ。
 鏡の冷たい感触。

 だが、鏡の向こうの人物も同じ動きをしてる事に確信をもった。

 そこに映るは私の姿。
 まごう事無き、私の──

「これが、私……?」

 金色の髪は視界に映っていたけれど。
 姉の瞳に映る姿ではよく分からなかったけれど。

 そこには、確かに青い目の──空より青い瞳を持った、美少女が、驚いた顔で私を見ていたのだった。





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