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第六話 少女と狼犬
6、
しおりを挟む姉の部屋に向かうべく二階の廊下を歩いていると、窓の外から賑やかな声が聞こえてきた。
誰だろうと窓から覗けば、裏庭に複数の子供。
この屋敷には正人以外にも子供が居る。正人と同じ使用人見習いや、使用人の子供だったり。
男の子ばかり五人ほど集まる中に正人の姿を見つけて、私はなんだかドキッとしてしまった。どうやら竜人の所から帰ってきたようだ。同年代と一緒に居る正人はいつもより幼く……子供らしく見える。
何気なく覗く私の耳に、子供達の声が聞こえた。それは他愛も無い話。だが不意にそれは変わった。
「にしても正人も変わってるよな~。あんなのをお嬢様扱いしてるんだから」
ドキリとした。その内容から、話の対象が誰かなんて直ぐに分かったから。
「あんなのってなんだよ。お嬢様はお嬢様だ。里亜奈様は紛れもなく旦那様の娘で、真里亜様の妹なんだから」
「でもさ、あの醜さだろ?本当に血筋かって疑いたくもなるよな」
「そうそう。旦那様自身が娘だと思いたくないって言ってるくらいなんだからさ」
「正人もさ、旦那様に良くして貰いたいならあんなのに構うのやめとけよ」
無邪気な子供の言葉が胸に突き刺さった。
そうだ、正人は初めてウチに来てから三年、変わること無く私をお嬢様扱いしてくれた。優しくしてくれた。
私はそれを嬉しく思い甘えていたけれど。
まさか陰でこんな事を言われてるなんて……全然知らなかった。
恥ずかしさと申し訳なさで泣きたいくらいだ。もっと正人と距離を取った方がいいのかもしれない……。
そう思って、仕事に戻ろうとした私の耳に、からかう響きの少年の声が届いた。
「正人さあ、ひょっとして里亜奈お嬢さんのこと、好きなのかあ?」
ドクンッ!
心臓が大きく跳ねた。
子供らしい遠慮の無い問いかけ。
これ以上聞いてはいけない。早く仕事に戻るべきだ。
分かってるのに、足は意に反して窓辺から離れようとしてくれない。
「え、そうなのか!?正人も物好きだなあ!」
「でもよ里亜奈お嬢もまんざらじゃないと思うぜ?正人みたいないい男に惚れられたら悪い気はしないだろ」
やいのやいのと男子が正人をからかう。
ドキドキした。
私に背を向けてるから正人の表情は見えない。
正人はなんて返事するのだろう?
気になって動けない。
「馬鹿なこと言うなよ、そんなわけないだろ」
だが、冷酷な言葉に水をかけられたように、心が一気に冷えるのを感じた。
冷たい声音。正人、怒ってる……?
伏せていた顔を上げれば正人の顔が見えた。恐い顔をしてる。やっぱり怒ってるんだ。
「俺が里亜奈様を好きになることはない。絶対に」
ハッキリと、強く。
そう、正人は言って。
他の少年達共々歩き出した。
明らかに正人は怒っていた。
そりゃそうだよね。私なんかを好きだなんて誤解、されたくないよね。
ズキズキと胸が痛み、泣きそうになるのはなぜなのか。
分からない。
分からないけど分かることが一つある。
もう、正人に関わるのはやめよう。
迷惑をかけるのはやめよう。
そう決意して顔を上げた私の目に飛び込んできたのは……
「──!!」
驚いた目で私を見る正人。
覗きなんてはしたないことをしてたのがバレたことに、私は狼狽する。ますます嫌われてしまう……!
そう思っていたら、次の瞬間。正人の顔がクシャリと歪み、彼の方が私よりも泣きそうな顔になった。
その理由は、私には分からない──
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