40 / 64
第六話 少女と狼犬
10、
しおりを挟む激しい衝撃を感じ、私の視界が真っ赤に染まった。
床に倒れ込む。
何も見えない。
何も聞こえない。姉の声も、もう聞こえない。
だというのに。
どうして私の目の前に、あの人形があるんだろう。朱に染まった世界で、首だけとなったその人形は、頬の部分が壊れてしまっているけど。変わらず綺麗な青い目で、私を見つめる。
何かを言いたいように。
何かを伝えたいように。
私は手を伸ばした。
もう動かないはずの手を動かして。いや、そう思ってるだけで実際は手なんて動いてないのかもしれない。
それでも私は必死で手を伸ばそうとした。
けれど人形に手は届くことなく……不意に、その首を誰かがヒョイと拾った。
目だけを上げれば、それは先ほどの男だった。フードの奥に異様にギラギラ光る眼を認めるも、恐ろしいとは感じなかった。
ただ赤い視界に黒いその男はよく合うと、場違いな事を思っただけだった。
「それは私の人形よ」
声が出たのか分からない。発したつもりではある。
「もうこれは人形では無いよ。壊れてしまった」
言葉が届いたのか、男が答える。
「人形は脆いな」
男は言葉を続けた。
「人形は簡単に壊れるのでつまらん。やはり人間だな。人間ほど面白いものは無い」
そう言ってクククと笑った。まるで自分は人間ではないように……。
「あなたは一体、なんなの?」
誰なの、ではない。
何であるのか、と尋ねる私に一瞬驚いたように目を見開き、そしてその目は細められた。楽し気に。
「さて、何だろうな?悪魔とか言うやつも居るが、知らん。俺は自分が何であるのか知らない」
だが、と男は続ける。
「分かるのは、お前の望みを叶えられるということだ。俺はお前の望みを叶えてやれる。その代わりに代償を貰う。それだけの存在だ」
「望み……?」
「そうだ。お前は何を望む?」
「私は──」
私の望み。それは一体何だろう?
ただ、死が目前に迫っている今、頭に浮かぶのは……
正人
竜人
彼らにもう一度会いたい。そう、思ったのだ。
会いたい。
彼らと共に在りたい。
「死にたくない……」
だから、死にたくない。
だけどこんな私が共に在っても、彼らはきっと喜ばないだろう。
血まみれでボロボロの私は、ことさら醜くなっている事だろう。こんな私と一緒に居たいと思う者などどこに居るというのか。
きっと正人も竜人も私の姿を見れば目を背ける。きっと逃げる。
そこで男の手の中にある人形に目が行った。
ああ……綺麗だな。首だけになってもやっぱり綺麗。
あんな風に綺麗だったなら。
私は父に愛されただろか。
姉に愛されただろうか。
──正人に愛してもらえただろうか……。
「綺麗になりたかった」
「──それがお前さんの望みか?」
「生きたかった」
「それもか?」
「正人と……竜人と一緒に生きたかった」
「……」
「幸せに、なりたかった……」
ポロポロとまた涙がこぼれた。視界が歪む。もう男も人形も見えない。
見えない私の脳裏には、笑顔の正人と──
「いいだろう」
不意に、男の声が耳を突く。
何がいいのだろう?
言ってる意味が分からない。
──考えるだけ無駄か。もうすぐ死ぬ私が何を考えても無駄なこと。
私に出来るのは、諦めて死を迎えることだけ……。
そうして、私はそっと目を閉じた。視界は朱から闇へと切り替わった。
体はもう動かない。
何も感じない。
ああ、私は。
死ぬんだ。
死とはかくも優しいものなのか……
覚悟したというのに、男はまだうるさく話し続けた。
もう眠らせて欲しいのに。終わらせたいのに。
男は許さない。
「いいだろう、全て叶えてやる。でもその代わり──」
解放を許さない男の声が、私の耳に届くのだった。
1
『第4回ホラー・ミステリー小説大賞』に参加しております。気に入っていただけましたら投票いただけると幸いです。宜しくお願いします。
お気に入りに追加
165
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
不労の家
千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。
世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。
それは「一生働かないこと」。
世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。
初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。
経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。
望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。
彼の最後の選択を見て欲しい。
心霊捜査官の事件簿 依頼者と怪異たちの狂騒曲
幽刻ネオン
ホラー
心理心霊課、通称【サイキック・ファンタズマ】。
様々な心霊絡みの事件や出来事を解決してくれる特殊公務員。
主人公、黄昏リリカは、今日も依頼者の【怪談・怪異譚】を代償に捜査に明け暮れていた。
サポートしてくれる、ヴァンパイアロードの男、リベリオン・ファントム。
彼女のライバルでビジネス仲間である【影の心霊捜査官】と呼ばれる青年、白夜亨(ビャクヤ・リョウ)。
現在は、三人で仕事を引き受けている。
果たして依頼者たちの問題を無事に解決することができるのか?
「聞かせてほしいの、あなたの【怪談】を」
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
SP警護と強気な華【完】
氷萌
ミステリー
『遺産10億の相続は
20歳の成人を迎えた孫娘”冬月カトレア”へ譲り渡す』
祖父の遺した遺書が波乱を呼び
美しい媛は欲に塗れた大人達から
大金を賭けて命を狙われる―――
彼女を護るは
たった1人のボディガード
金持ち強気な美人媛
冬月カトレア(20)-Katorea Fuyuduki-
×××
性悪専属護衛SP
柊ナツメ(27)-Nathume Hiragi-
過去と現在
複雑に絡み合う人間関係
金か仕事か
それとも愛か―――
***注意事項***
警察SPが民間人の護衛をする事は
基本的にはあり得ません。
ですがストーリー上、必要とする為
別物として捉えて頂ければ幸いです。
様々な意見はあるとは思いますが
今後の展開で明らかになりますので
お付き合いの程、宜しくお願い致します。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる