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第六話 少女と狼犬
7、
しおりを挟む正人が言ったことはとてもショックだった。けれどそれは仕方の無いこと。
全ては私が醜く生まれたのが悪いのだから。
クヨクヨしても仕方が無いと、気持ちを切り替えて、私は大急ぎで姉の部屋に向かうのだった。
「わあ……」
入ってすぐに、思わず漏れる感嘆の声。
実はお姉様の部屋には入った事が無かったのだ。絶対に入るなと言われていたから。それはお母様が亡くなる前──今のように虐げられるようになる以前から。
初めて入ったその部屋はとても立派な部屋だった。
大きさもさることながら、カーテン一つとっても、とても豪華で立派だった。壁には埋め込み式の暖炉まである。
以前はあった私の部屋でさえ、こんなではなかったというのに。
そして立派な机と椅子、天蓋付きベッド……どれも西洋風で豪華な装飾が施されていた。和を好む姉だが、これは父か亡くなった母の趣味か……。
置かれてる小物もどれも綺麗だったり可愛い物ばかり。
ガラス棚には、可愛い姉の髪飾りが無数に飾られていた。
「素敵……」
おそらく、今日正人から貰った髪飾りなど比べ物にならないくらいにお高いのだろう。
思わず漏れた呟き。けれど羨ましいとは思えなかった。
だって、値段なんて関係ないから。
確かに可愛いものばかりだけど、正人から貰った物の方が格段に可愛くて大好きだから。
そこでまた先ほどの正人の言葉を思い出してしまった。温かくなりかけた心が急速に冷えるのを感じながら、私は思いを振り切るように頭を振って掃除の準備を始めた。
まずは箒掛け……と、部屋の配置を見回す私に、ふとある一角が目に留まった。
「お人形?」
それは様々な人形が置かれた場所。
棚の上から下まで、果ては絨毯の上にまで。
所狭しと置かれた人形の数々。
動物を模したぬいぐるみや、日本人形。西洋人形も多数。
その中で、一際私の目を引いた物があった。
誰も居ないけれど思わず扉の方を振り返って。
それから私はそっとそれに近付いた。
それは西洋人形の中の一つ。
金の髪が緩くウェーブがかって腰あたりまである。それはいつも櫛をかけられてるのか、一つも乱れてなかった。
そして瞳。パッチリ大きな瞳は、空のように青いガラスで出来ていた。
可愛いドレスに、レースが幾段にも重ねられた帽子。そして、エナメルの赤い靴……。
まるでお姫様のように美しいお人形に、私の目は釘付けとなった。
「なんて綺麗なの」
本当に人形なのかと思うくらいに人形は美しかった。
それを見ていて、ふと考えてしまった。
もし、私も──
「私も貴女みたいに可愛ければ、お父様に愛してもらえたかしら」
お姉様と仲良く出来たかしら。
考えても詮無い事。それでも考えてしまうのは、自分の容姿に自信がないからかもしれない。
ジッと見つめてると、まるで見つめ返してくるかのような人形。
(触ってみたい……)
そう思ってしまった。
だが絶対に触るなと言われてるのだ。万が一でも姉にバレたらどんなお叱りを受けるか……。
伸ばしかけた指は、けれど頭に浮かんだ鬼の形相の姉が歯止めとなり止まるのだった。
その時だった。
「おや、触らないのかい?」
声が、した。
ビクッと体が震えて慌てて振り返る。
「だ、誰!?」
誰何の言葉が出たのは、聞き覚えが無い声だったからかもしれない。
使用人なら、場合によっては姉に告げ口をされる。触る前で良かった。そう安堵の思いで振り返った私の視線の先に立って居たのは……黒づくめの男だった。
長いローブにフードを目深にかぶっていて、顔がよく見えない。ただ、口元だけが笑ってるのが見えた。
「お嬢さん、その人形を触ってみないのかい?」
どう見ても怪しい──絶対に使用人ではなさそうな男に、私は当然警戒する。
黙って固まっていると、クククとさもおかしそうに笑われてしまった。
「そんなに警戒しなくても……まあするか、当然。でも俺は怪しいやつではないよ?少なくともキミに危害を加えるつもりはない」
そんな事を言われてハイそうですか、と信じられるわけもない。
私は大声を出して誰かを呼ぶべきか本気で迷っていた。……大声を出したところで、誰か来れる状況なら良いのだけど。でも誰も声の届くところに居なかった場合、最悪私は男に危害を加えられるかもしれないのだ。
危害を加えない、そんな言葉、信じない。
私は最大級の警戒心をもって、男を睨み据えるのだった。
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