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第六話 少女と狼犬
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しおりを挟むああ遅くなってしまった。今日の父は夕方の商談があるだけで、それまでは家に居たから。
ずっと色々命じられ怒鳴られ殴られていたから遅くなってしまった。
私はようやく一人の時間を手にして、早足で裏山を進むのだった。
「竜人お待たせ!」
そうしてようやく狼犬の居る場所へ着くと、そこには既に先客が──。
「あ、正人」
正人が竜人にご飯を上げて居たようだ。今日はご飯に鰹節、魚となかなかの豪華さのようだ。
「今日は豪華なのね!」
「はい、残り物が多かったようでたくさん貰えました」
正人は真面目で仕事がよく出来るので、皆の受けがいい。だからか、犬に餌をあげたいと正直に言えば、普通に残飯を貰えるのだという。──むしろ、私のご飯より豪華かもね。そう思って苦笑してしまう。
「お嬢様?」
どうかしましたか?
そう問われて慌てて首を振った。
正人は私が虐げられてる事は当然知っている。だが私の食事に関わる事は無いので、食事内容まで知らないだろう。正直、恥ずかしいので知られたくない。
不思議そうにしながらも、それ以上追及される事がなくホッとする。
「ああそうだ」
何かを思い出したように正人が言った。どうかしたのだろうか?そう思って見ているとスッと何かが差し出された。
「え?」
「お嬢様に贈り物です」
その言葉にトクンと胸が鳴った。
元からそんなのは滅多に貰った事が無かったが、母が亡くなってからは貰うどころか奪われる事しか無かった私にとって、それは青天の霹靂だった。
「わ、私に!?」
「はい」
驚いて声が大きくなってしまった私に、正人はニコリと微笑んだ。
そっとその手に乗せられた物を見る。
それは髪飾り、だった。
綺麗な桃色の花が添えられた、とても可愛らしい……
「可愛い……」
「気に入っていただけて何よりです」
「嬉しいわ……とても嬉しいわ、ありがとう正人!……でも本当にいいの?」
見た感じ、けして安い物だとは思えなかった。まだ使用人見習いの正人が、そんなにお給金を貰ってるとは思えない。
だからそれを素直に受け取るのはためらわれた。
「貰ってください。お嬢様に似合うと思って買ったのですから。お嬢様が貰って下さらないなら捨てるしか……」
「そんな!捨てるなんて……貰うわ!絶対貰う!」
捨てるなんてとんでもない!慌てて貰う事を伝えれば、正人はとても優しい笑みを浮かべて……嬉しそうに「良かった」と言うのだった。
その笑顔に、また私の胸がトクンと鳴る。
醜い私にこんな花飾りが似合うわけはない。分かってはいても、つい顔がほころぶのを止める事は出来なかった。
「わふ!」
二人して微笑み合っていたら、「僕のこと忘れてない?」と言うようにすり寄ってくる竜人が可愛くて、私は思い切りその頭を撫でてやるのだった。
幸せな
幸せすぎる時間
もう二度とそんな日は来ないと思っていたのに。
きっとこれからも辛く苦しい日が続くだろうと理解しているのに。
だけどそれでも。
今だけは、心の底から笑顔で居たいと思った──
「里亜奈、ちょっと里亜奈!?どこに居るの!?」
けれど幸せな時間は一瞬。私のそれは本当に一瞬で崩れ去るのだ。
もう夕方だというのに、まだ何かあるのだろうか……。
私は姉の呼ぶ声を遠くに聞いて、溜め息をついて重い腰を上げるのだった。
「行かなくちゃ……」
「お嬢様……」
心配そうな顔の正人。だけど使用人……どころか見習いの彼に出来る事は何も無い。分かってるから、私は努めて明るい笑顔で「大丈夫だよ」と言って去るのだった。
ずっとこちらを見ている正人と竜人に手を振って。
大急ぎで屋敷へと戻った。
慌てて屋敷に戻った私を待っていたのは、怒りの形相の姉だった。
「里亜奈!?」
「はい、お姉様!遅くなり申し訳ありません!」
はあはあと息を切らす私に歩み寄った姉は。
パンッと大きな音を立てて私の頬をぶつ。
「どこに行ってたのよこの馬鹿女!さぼる事しか考えられないのね!お前は本当に使えない屑よ!」
「申し訳ありません……」
今日はもう何も無いと思っていたせいもあるのだが、やはり正人と竜人と共に過ごす時間は気が緩んでしまうのだ。いつもいつも気を張って、父や姉の顔色を窺っていた頃は、呼ばれればすぐに行ける場所にひっそりと待機してたものだが。
ひたすら頭を下げて謝るしかない私。だが姉も何か用があるのか、それ以上ぶたれる事は無かった。
「もういいわ!私はこれからお父様とお食事に行ってくるから!あなた私が留守の間に部屋の掃除をしておきなさい!」
「え、お姉様のお部屋ですか?」
「そうよ!いつもの子が急病で休んでるから、本当は嫌なんだけど!あんたしか手があいてないんだから仕方なくよ!いいこと?飾ってある私の物に手を触れるんじゃないわよ!触ったり壊したりしようものなら……分かってるでしょうね!?」
「は、はい、お姉様」
物を触らないでどうやって掃除をしろというのか。
無茶を言われても反論はしてはいけない。また暴力が振って来るだけだから。
ひたすら頭を下げて分かりましたと繰り返す私を背に、フンッと鼻息荒く姉は出て行くのだった。恐らくは仕事先から直接向かう父と合流すべく。
バタンと扉の閉まる音がするまで、私はずっと頭を下げ続けた。
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