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第六話 少女と狼犬
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しおりを挟む楽しみが出来ると、人は何に対しても活力が湧いてくるというものである。
私の毎日は相変わらず父の怒鳴り声で始まるのだけど。
「里亜奈!何をしている、早くせんか!!」
「は、はい、申し訳ありませんお父様!」
私は父の怒鳴り声に急ぎ走る。
「はあ、はあ……ど、どうぞお父様。ハンカチです」
「これは違う!あそこに行くときはいつも紺のハンカチだと言ってあるだろうが!この馬鹿者が!」
「──!も、申し訳ありません!!」
以前は確かに白いハンカチだとおっしゃっていたのに……だけどそんな理不尽にも私は反論出来ずにいた。
頭を下げる私に「この役立たずが!!」という言葉と共に杖が振り下ろされる。肩に鋭い痛みが落ちた。だが私はそれでも頭を上げる事はない。
「出来ない娘で申し訳ありません、お父様。以後気をつけますので、どうかお許しを……!」
「なぜ私がお前のような屑を許さねばならないのだ!?」
そう言ってお父様はまた杖を振り上げた。──その気配を感じた。
だが私はそれに怯まず言葉を続けた。
「今日お召しになられてる服には白いハンカチがお似合いになると思うのです。それにもうお出になりませんと、遅くなってお父様の評判が下がってしまいます。ですから……!!」
今までにない勇気を振り絞って、私は必死になって言い募った。これでは父の怒りに火を注ぐだけかもしれない。
けれど。
私は間違ってない。間違ってない事に、これ以上譲っては駄目だ!
まさかこんな強い気持ちになれるとは思わなかった。
だが私も早くお父様には出かけて欲しいのだ。早く、私も……
「黙れ!!」
怒りはやはり大きくなり、お父様は今度は私の腕を杖で殴る。ジンジンと叩かれた場所が痛む。けれどやはり私は頭を上げない。
「この──!!」
「旦那様、そろそろ……」
まだ殴り足りないというように、またも杖を振り上げようとしたところで。下男が声をかけてきた。
その言葉で時計を確認した父は「ちっ」と舌打ちをして、杖を下ろす。そして無言で出て行くのだった。
「行ってらっしゃいませ」
その言葉にも、当然返答は無かった。
「竜人!待たせてごめんね!」
「ワウ!!」
父が完全に出て行ったのを確認して、私は大急ぎで裏山へと来た。
毎日父が仕事で不在の時間に、裏山に来ては竜人と遊ぶ。今やすっかり日課となっていた。
たまに姉の真里亜が用を言いつけるのだけど、父が居なければそんなに大した事でもない。私は色々嫌味を言われながらもそれらをこなしつつ、どうにかこうにか竜人と遊ぶ時間を作った。
私は遊びを始める前に、小さな包みを出した。
「今日はね、少しだけどご飯を持ってきたのよ」
そう言って私は小さな握り飯を差し出した。いつも夜には正人が何かしら食べ物を持ってくるのだが、大きな竜人はたくさんご飯が居るだろう。少しでもお腹の足しになれば……と思ったのだ。
「ワウ?」
「ほら、食べて」
そうしてスッと差し出すも、竜人は食べようとしなかった。警戒してるのだろうか?米自体は正人もやってるから、平気なはずなのだけど……。
「魚とかが良かった?ごめんね、そういうのは、無いの……」
実はこれは私のお昼ご飯なのだ。
一分ではない。10歳の私のこぶしより小さな握り飯。これが私の昼食の全てなのだ。
朝も同様に少なく、昼もこれだけ。当然の事だが私は空腹だった。でも……それでも竜人にあげたいと思った。私があげれるものなんて、これくらいしか無いのだから……。
「ほら……」
鼻先に突き出すも、けれどやっぱり食べないのだ。私も困ってしまう。
どうしてだろう?やはり私は信頼されてないのだろうか?
竜人と出会ってから結構な日数が過ぎた。かなり慣れてくれたと思っていたのに。やはり食べ物への警戒心は高いのかもしれない。
どうしようかと悩んでいたその時。
盛大に私のお腹が鳴ったのだ。
「ふえ!?」
「ワフ!!」
恥ずかしくて慌てる私に、まるで笑うかのように竜人が尻尾を振って来た。
そして私の手を鼻で押し返すのだった。
ひょっとして。
そこで私は一つの考えに行き当たった。
「ひょっとして……私に食べろって言ってる?」
「ワン!」
そうだと言うように一声鳴いて。竜人はペタンと伏せるのだった。そしてチロリと私を見上げて、また目を閉じた。
なんて賢く優しい子なんだろう。
私は竜人の頭をそっと撫でてから。
「いただきます」
と言って、お握りを口にするのだった。お握りは、涙の味がした──
「それじゃあまたね、竜人。また後で正人がご飯持ってきてくれるから」
「ワウ!」
尻尾を振る竜人に手を振って、私は屋敷へと向かうのだった。そろそろお父様が帰る頃だ。
今朝の事があるから、また暴力を振るわれるかもしれない。
そうは思ったが、私にはもう不思議と恐れが無かった。
今なら耐えられる、そう、思いながら──
そうして屋敷に入る姿を。
「……あの子、何してるの?」
姉に見られてる事に気付かないで。
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