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第六話 少女と狼犬
3、
しおりを挟む「ひ──!!」
悲鳴が喉を突く。私は慌てて狼から身を離した。
これは一体どういうことだろう。
どうして狼がこの山に?そんな話、聞いたことも無い!
そしてどうして、私に寄り添っているのか?
考えても答えが出ない状況に、私の頭はただただ混乱していた。
そんな私を安心させるように、正人がポンと私の肩を叩いた。
「大丈夫ですよ、お嬢様」
「だ、大丈夫って……狼よ……?」
大きな声を出したら襲われそうな気がするので、震える小声で正人に言う。本当は叫んで逃げたいくらいだ。
だが平然と正人は狼に近付くのだった。狼は逃げることも威嚇することも無く、静かに正人を見つめている。
「ま、正人!危ないよ!」
慌てて止めるも、正人は止まらない。そして手を伸ばす。
「──!!」
見てられなくて、思わず目を閉じた。
だが。
「よしよし、いい子だ」
正人の声が聞こえて、そっと目を開いた。飛び込んできたのは、何と……
狼を撫で繰り回す正人と。
腹を出して気持ち良さそうに撫でられてる狼、という図だった。
「この子は狼犬なんです」
「狼犬?」
首を傾げる私に、正人はゆっくり頷いた。私より一つ上なだけなのに、妙に大人びた顔で。
「正確なところは分かりませんが、この子の親かそのまた親あたりが狼だったと思われます」
言われてみれば、最初は驚いて狼そのものに見えたが、よく見たら犬のような柔和さが感じられた。
「狼犬──」
「子犬の時に迷い込んで来まして。この裏山でコッソリ飼ってたんです。賢い子で、僕以外の人間の気配がしたらうまく隠れてたんですが。まさか自らお嬢様の所に来るなんて……驚きましたよ」
そう言われると、なんだかくすぐったいものを感じる。きっとこれは、嬉しい、てことなんだろう……。
「撫でても……いい?」
考えるより先に出た言葉に、自分がまず驚いた。
正人も驚いてるが、すぐにニコリと微笑んで。
「ええ、勿論」
そう言って私を手招きしてくれた。
恐る恐る近付いて……そっと手を伸ばす。怖がらないように「いい子だね」と声をかけながら。
犬はもうお腹を見せては居なかったが、腹ばいになりながら、静かに私の動きを見ている。
そっと頭に手を乗せた瞬間……フワリと気持ちの良い手触り。それが気持ち良くて、拙いながらも撫でてやると、犬は気持ち良さそうに目を細めるのだった。
(大丈夫だと信頼してくれてるのかな)
そう思った瞬間。
なぜか分からないが、何とも言えない感情がぶわっと私を襲い。
次の瞬間──
「お、お嬢様!?」
慌てる正人の声にもどうしようもないくらいに、ポロポロと……私は大粒の涙を流すのだった。
「クウン?」
それをどう思ったのか分からない。
だがまるで心配してるかのように、狼犬が私の頬を舐め。
フワリと尻尾を動かして、私の体に触れて来るのだった。──まるで包み込むかのように。
ますます涙が止まらなくなってしまった私は、狼犬の体に顔をうずめて、声を上げて泣き続けるのだった──
「……ごめんね」
しばらくして、ようやく涙が止まったところで思わず謝ってしまった。狼犬に。
「ぐしょぐしょになっちゃった……」
涙と……鼻水で、狼犬の体がグチャグチャだ。慌てて正人が持ってきてたタオルで拭く。
狼犬はまるで「気にしないで」とでも言うように、私にその鼻をすり寄せてくるのだ。なんて優しい子だろう……
「お前は本当にいい子だね」
そう言って私はまた頭を撫でた。もう怖いという感情は何処にもなかった。
それを微笑まし気に見つめていた正人だったが。
ふと何かを思いついたように「そうだ」と声を上げるのだった。
「お嬢様、この子に名前を付けて貰えませんか?」
「名前?」
それは飼い主である正人が付けるものであろうに。というか、名前、無かったの?
戸惑っていると正人は言った。
「世話をしては居ますが、僕は色々忙しくて相手してやる時間もあまりなくて……。でも僕が相手出来ない時にお嬢様がしてくださると助かります。この子も喜ぶでしょうし。名前は……いいのが思いつかなくて、無いままできてたんですけど」
だから、お嬢様が考えてくださいませんか?
私がこの子に?名前を?
戸惑って、私は狼犬の方を見た。
私を見つめる金の瞳と視線がぶつかる。
それを見た瞬間、私は知らず頷いてしまっていた。
「分かった」
「それは良かった」
私の返答に安心したように、正人はニッコリと微笑んだ。
「では名前を」
そう言われたけれど。私は「う~ん」と悩んでしまった。動物に名前なんて付けた事ない。何か良い名前があるだろうか……。
オスと思われるから、男性名がいいだろうというのは分かるのだけど。
そう思って何気なく正人を見て。
ふと思いついた。
「正人(まさと)……りゅうと……竜人(りゅうと)……はどうかな?」
「竜人、ですか……?」
「う、うん。狼に竜ってのも変かもしれないけど……」
この威圧感は、竜のごとくだと思ってしまったのだ──竜に会った事なんてないけれど。
「いえ。いいのではないですか?」
そう言って、また微笑んでくれたので、私はホッとした。
そして改めて狼犬を見た。
「宜しくね、竜人」
そう言えば、竜人は嬉し気に尻尾を振ってくれて……私は久しぶりに笑みを口に浮かべるのだった。
これが、私里亜奈と竜人の出会い、だった……。
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