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第六話 少女と狼犬
2、
しおりを挟む大地主として富を手にした父は、けれど愛する母の命は金で買えないことを知った。
愛する妻を病で亡くした父は、母によく似た姉、真里亜を溺愛するようになった。私より三つ上の──13歳という花開き始める年頃の、美しい姉を。
それとは逆に、美しい両親のどちらにも似なかった私は、毎日のように暴力を振るわれた。
でもそれは仕方の無いこと。
姉は日本人形のように、本当に美しいから。
和装を好む姉に明るい色合いの着物は良く映えた。──西洋かぶれの母が付けた名前に反して。
対して私はと言うと、のぺっとした一重に低い鼻、黒く荒れた肌、薄い唇。どれをとっても醜い。
汚い色合いのボロボロの着物が私にはお似合いだ。
だから父の気持ちも分かる。
誰だって醜い子より美しい子を可愛がるものだ。
だから仕方ない。
(お前のような奴は外で寝ろ!)
だから仕方ないんだ。
(誰か居るか!?これを裏山にでも放り出してしまえ!)
だから。
仕方ない──
「すいませんお嬢さん。あっしらも旦那様には逆らえないんでさあ」
そう言って申し訳なさそうな使用人の声。
分かってる、彼らも弱い立場だ。父に逆らっては生活出来ない。
せめてもと、大木の下、出来るだけ雨をしのげる場所に横たえさせてくれることに感謝して。
私は完全に意識を失った。
シトシトと、雨音がする。木々の間から落ちる雨が私の頬を伝い、私の意識を戻させる。そしてまた気を失うように眠る。
そうして何度も起きては寝てを繰り返していたら、不意に何かの気配がした。
フワリと柔らかい感触。
誰かが毛布でも持ってきてくれたのだろうか?
そんなことをしてはお父様に怒られてしまうわ。
そう言いたいけれど、半覚醒状態の私の口はうまく動いてくれない。
そのうちに、あまりにも心地良い感触に、またも眠りへと誘われるのだった。
(──さま)
また眠っていたらしい私は、微かに聞こえる声で目を覚ます。
誰だろう?
目を覚ましたけれど、瞼が重くてなかなか開いてくれない。
(──じょうさま)
誰なの?
声は優しく呼びかけてくる。
聞き覚えがあるような無いような……
「里亜奈お嬢様!」
覚醒は突然。
急に近くに声を感じ、バッと目を開いた。
開いたその先──目の前には……
「正人……?」
使用人見習いの正人が、心配そうな顔で私を覗き込んでいたのだ。
キョトンとして名を呼べば、安心したように笑みを浮かべる。どうしたんだろう?
「良かった、何度お呼びしても反応が無いから……心配しましたよ」
「ごめん……」
心底心配してたというような顔をされて、何だか申し訳なくて。
「ごめんなさい」
思わず謝ったら、「謝らないで下さい」と言われてしまった。
いつの間にか雨は止んでいたようだが、曇ってるせいで暗い。果たして今は何時なのだろう?
「まだ旦那様が起きる前の時間ですよ」
私の疑問を読んだかのように、正人が教えてくれた。
父は眠っている。だが使用人は起き出す時間なのだろう。
起きてすぐ、私を探しに来てくれたのだろうか。父に咎められるかもしれないというのに。本当に申し訳ない。
「遅くなり申し訳ありません。毛布を持ってきました」
連れ帰るのは流石に父の怒りを買うことだろう。ならばせめてと毛布を持ってきてくれたらしい。ありがたい。
だがそこで私は気付いた。既に私の体は、フワフワの毛布にくるまれてるのだ。
「毛布なら、既にあるよ……?」
正人以外の誰かが持ってきてくれたのだろうか。
そう思いながら、私は背中の柔らかい感触に、スリ……と頬ずりするのだった。
だが。
その毛布が、何と──
モゾリ
動いたのだ!
「え!?」
ギョッとして慌てて体を起こす私に、苦笑する正人の気配。
身を起こした私の目に飛び込んできたのは。
私が毛布だと思っていたのは。
「それは毛布じゃありませんよ、お嬢様」
正人の声を聞きながら、私は呆然とその存在を見つめる。
それは……
「ガウ!」
金の瞳が美しい、とても大きな……狼、だったのだ。
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