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閑話
少年執事の非凡なる日常
しおりを挟む僕の名前はリュート。リアナお嬢様の執事である。
かつては竜人という和名を持っていたが、今はただのリュートだ。だってこれは本当の僕じゃないから。それはリアナお嬢様も同じ。
僕もお嬢様も姿が変わって久しい。
特に四つ足だった僕にとっては、人間という体は実に興味深く、けれど最初の頃は違和感があって気持ち悪くも感じていた。
だがそれももう慣れた。
いつかもう一人の主である正人が戻るその日まで。
僕と里亜奈様が元の姿に戻れるその日まで。
リアナお嬢様を守るため、僕は人の姿を受け入れるのだった。
「あ、そう言えば明日は大掃除の日ですね」
「げ」
今日も今日とてスイーツを楽しむお嬢様に、紅茶のおかわりを出しながら思い出したように伝えた。そうすると露骨に嫌そうな顔をするお嬢様。
「もう?この前やったばかりじゃなかった?」
「一年前のことを、この前……とは言い難いですね」
「そんなに汚れてないでしょうに」
「十分汚れてますよ」
あの日──忌まわしき屋敷を後にした僕たちに、黒装束の怪しげな男が用意したこの屋敷。
無駄に大きいなとは思ったし、当然手入れなど出来ようもない。どうしたものかと思い悩んでいたら、ちゃんと手入れしてくれる者が定期的に訪れるのだ。アフターサービス万全という、また何とも……。
まあそれはいい。
おかげで問題なく快適に暮らせているのだ。
だが。
その手入れしてくれる者たちがよろしくないのだ。
──いやまあ、腕はいいのだ。
帰った後には屋敷には塵一つ落ちてないし、窓なんてピカピカだし。廊下は滑りそうになるくらいだ。
庭の手入れも完璧。なのだが、何の形だっていう奇抜な伐採もチラホラ──遊ぶなと言いたい。どちらかと言うと、この屋敷にはおどろおどろしい雰囲気が必要なのだから。
まあ切羽詰まった心理の来訪者には、どんなであれこの屋敷は怖れを抱かせる事だろうが。
「私の部屋はいいからね」
「承知しております」
リアナお嬢様は『あの連中』が苦手だ。
結構グロテスクなものを見てるし、凄惨な事をしでかしてるお嬢様だが。
それでも嫌なものは嫌なんだそうな。
だから連中が来てる間はお嬢様は自室に籠られる。ちなみにお嬢様の部屋はご自身で掃除されたり僕がやったりしている。それはあれだな、かつて自分の部屋が無かったから執着があるというか、こき使われてた忌まわしき過去の経験が、皮肉にも掃除しないと気持ち悪いと思わせてしまうのだろう。
そんなわけで連中もお嬢様の部屋には立ち入らない。
作業の早い連中は一日で全てを終わらせる。
僕は明日お嬢様が部屋に籠れるように、色々と用意をしようと部屋を後にするのだった。
まずは買い物か。
そう思い、僕は屋敷の門へと向かった。否、向かおうとして庭に出た。
そこで固まる。
庭の向こう──屋敷側から見れば、門の方に大勢の人影が見えるのだ。
ザッと一気に血の気が引いた。
ちなみに一般人にはこの屋敷は通常見えない。だから入って来ることはない。
入って来るとしたら呪いに関する依頼者か、それとも──
依頼者ではない別の思い当たる存在に向かって、僕は大急ぎでダッシュするのだった。
「お、リュートじゃないか。久しぶりだな」
「お久しぶりです。って、明日じゃなかったでしたっけ!?」
「何言ってるんだ、今日だろうが」
「いや明日ですよ!」
「そうだっけかあ?まあいいじゃないか一日くらい」
「よくありませんよ!」
そう言って僕が怒鳴る相手。それは人──ではなかった。元は人間だったのかもしれないが……正確にはゾンビだ。
目ん玉がデロンと飛び出し、ただれた皮膚。内臓もちょこっと飛び出してて、お嬢様でなくても僕でも気持ち悪い。
そんなのが。
「しかも今日、人数多くないですか?」
「お~、前回やりきれなかったアレコレをだなあ。屋敷もだいぶガタが来てるだろ?大改装しようかと思ってよ」
見た目に反して、人間臭い、職人くさいしゃべりをする。毎年恒例行事だが、この違和感、慣れることはなさそうだ。
そう言った異質で気持ち悪い連中が、ワラワラと……総勢数百名ほど集まってるのだ。今からゾンビ映画の撮影かと思わせるような状況に、顔が引きつるのが分かった。
とりあえず早く屋敷に戻ってお嬢様に──!!
焦って踵を返そうとした僕に、まとめ役のゾンビが呼び止めてきた。
「おいリュート」
「何ですか!?」
「あの方からの伝言だ。あともうちょい頑張れってさ」
そこでピタリと僕の動きは止まった。
「──もうちょい?」
「そそ。お前らの願いごと、あの方が叶えて下さる日も近いってことさ。良かったなあ!」
「……もうちょい、ね……」
あの男の真実などどこにあるのか分からない。その心内は全く読めない。
だが満足いけば願いを叶えてくれると言った。それは契約。約束。
もうちょい。
それが果たして多いのか少ないのか。
全てはあの男のさじ加減次第。こちらが強く出ても何もいいことが無いとはいえ……随分いいように振り回してくれるものだ。
もうちょい、と期待させては、きっとこれからも数多の魂を集めさせるつもりなのだろう。
もしかしたら……最後は自分たちのそれを奪うつもりなのかもしれない。
それでも今は。
藁にもすがる思いで、言う事を聞くしか無いのだから。
足りないモノが……存在があるとはいえ、それなりに満足いく現状を悪くはしたくないのだから。
だから僕は。
「ぼちぼち頑張るよ」
「そだな、ぼちぼち頑張れ」
そんな会話をするしかなかった。
脳裏にかすめるのは、かつての二人の姿。
正人と里亜奈お嬢様が、笑って自分の頭を撫でてくれた幸せな──
不意に、悲鳴が聞こえて僕の思考はそこでストップすることとなる。
「ありゃ、じょーちゃん部屋から出てんのかあ?」
「ああ!まったく!!」
わざわざこんなグロイ連中を寄こすところが、あの男の腹黒さを物語ってる!
僕は怒りを感じながら、お嬢様の元へと駆けるのだった。
きっと涙目になりながら、僕に救いを求めてるお嬢様の元へ──
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