お嬢様と少年執事は死を招く

リオール

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第四話 箱庭の少年

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「え、な、に、これ……何なの、これ……。嫌だよ、嫌だよ出て行っちゃ。ねえ止めて、止めてよ!お母さんが出て行っちゃう、お母さんがいなくなっちゃう!!」

 血の涙。
 それは少年がすすった母親の血だと思ってるのだろう。
 少年は必死で目を抑えるも、けれどそれは止まる事は無かった。

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!お母さん、居なくならないで!嫌いじゃない、大好きだから!僕いい子にするから!ずっとここに居るから、外に出ないから!だからお母さん!!」

 居なくならないで!!!!

 悲痛な叫びが部屋中に響き渡り。

 そして少年の体は床へと倒れ込んだ。トンッと軽い音と共に。
 ──死んだのかもしれない。

 お嬢様はスッと立ち上がって、その少年の顔を覗き込むようにしゃがみ込んだ。少年はまだ息があるようで「居なくならないで居なくならないで居なくならないで……」とずっと呟き続けている。

 そっとその頭に手を触れるお嬢様。
 優しく撫でれば、簡単に毛が抜け落ちた。それを気にすることなく、お嬢様は撫で続ける。

「いい子ね」

 その言葉に、少年の体がピクリと震えた。

「あなたはとてもいい子ね」

 優しく頭を撫でる。

 そして。

「もう、眠りなさい──」

 そう言って、手を頭から体へと動かした。

 トントンと優しく。
 母親が幼子をあやすように。
 何度も何度も優しくトントンと叩き続け。

「お眠りなさい」

 その言葉を最後に、少年は目を閉じた。永遠の眠りへと。

 少年は初めて安らかな眠りを得て。

 穏やかな表情で死の眠りにつくのだった。

 その腕には、けして離さないというように、母親の頭蓋骨を抱きながら──




※ ※ ※




「あ~あ、やっぱり駄目だったかあ……」
「だから良くない獲物だと言ったでしょう?」

 そう言えば、不満そうにむくれるお嬢様。
 いつの間にか日は随分と傾いている。だがあまり涼しくないことから、今夜も熱帯夜が予想された。

「だって……あの子の周りに浮遊してる魂。あれすっごい汚い色してたから、絶対に下衆親の魂よ!ゲット出来るかなあと思ったんだけど」

 僕たちが贄となる魂を手に入れられるのは、契約が成された場合のみ。
 それは魂となってても可能だ。

 だからこそ、お嬢様はあの少年と契約しようと思ったのだろう。あの少年が心から両親の死を望めば……契約出来れば、その瞬間魂は手に入る。うまくいけば労せずして手に入るのだ。

「そううまくはいきませんよ」

 人の感情とは複雑なものだ。

 愛憎という言葉があるように、愛と憎しみは共に在る事が多い。

 愛してるけど憎い。憎いけど愛してる。そうなるとなかなか契約は難しいのだ。ことに肉親となれば。

「以前の虐待児とは比較にならない酷い状況でしたね」
「まったくよ。だからこそ絶対うまく行くと思ったのに~」

 逆に酷すぎるからこそ、うまくいかなかったのかもしれない。

「外に出たい、か……」
「お嬢様?」

 もっと人の心を勉強しないといけないな。そう思って夜空を見上げていたら、お嬢様の声が耳に届いた。

「私もいつか出られるのかしら──」

 外の世界へ。
 自由な世界へ。

 今まさに外を歩きながら、お嬢様は呟く。
 その問いへの答えを期待しないまま軽く首を振って、お嬢様は無言で歩き続けた。

 あの少年は箱庭から解き放たれた。

 だがお嬢様は──お嬢様の箱庭は、未だ彼女を閉じ込めたまま。

 望みが叶えられるその日まで、お嬢様は囚われ続ける──




※ ※ ※




 僕は待っている
 ずっとずっと待っている

 貴女が僕をここから救い出してくれることを

 箱庭のこの世界で

 きっと貴女が見つけてくれると

 僕はずっと

 待っている






  ~第四話 箱庭の少年 fin.~

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