21 / 64
第四話 箱庭の少年
5、
しおりを挟む「え、な、に、これ……何なの、これ……。嫌だよ、嫌だよ出て行っちゃ。ねえ止めて、止めてよ!お母さんが出て行っちゃう、お母さんがいなくなっちゃう!!」
血の涙。
それは少年がすすった母親の血だと思ってるのだろう。
少年は必死で目を抑えるも、けれどそれは止まる事は無かった。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!お母さん、居なくならないで!嫌いじゃない、大好きだから!僕いい子にするから!ずっとここに居るから、外に出ないから!だからお母さん!!」
居なくならないで!!!!
悲痛な叫びが部屋中に響き渡り。
そして少年の体は床へと倒れ込んだ。トンッと軽い音と共に。
──死んだのかもしれない。
お嬢様はスッと立ち上がって、その少年の顔を覗き込むようにしゃがみ込んだ。少年はまだ息があるようで「居なくならないで居なくならないで居なくならないで……」とずっと呟き続けている。
そっとその頭に手を触れるお嬢様。
優しく撫でれば、簡単に毛が抜け落ちた。それを気にすることなく、お嬢様は撫で続ける。
「いい子ね」
その言葉に、少年の体がピクリと震えた。
「あなたはとてもいい子ね」
優しく頭を撫でる。
そして。
「もう、眠りなさい──」
そう言って、手を頭から体へと動かした。
トントンと優しく。
母親が幼子をあやすように。
何度も何度も優しくトントンと叩き続け。
「お眠りなさい」
その言葉を最後に、少年は目を閉じた。永遠の眠りへと。
少年は初めて安らかな眠りを得て。
穏やかな表情で死の眠りにつくのだった。
その腕には、けして離さないというように、母親の頭蓋骨を抱きながら──
※ ※ ※
「あ~あ、やっぱり駄目だったかあ……」
「だから良くない獲物だと言ったでしょう?」
そう言えば、不満そうにむくれるお嬢様。
いつの間にか日は随分と傾いている。だがあまり涼しくないことから、今夜も熱帯夜が予想された。
「だって……あの子の周りに浮遊してる魂。あれすっごい汚い色してたから、絶対に下衆親の魂よ!ゲット出来るかなあと思ったんだけど」
僕たちが贄となる魂を手に入れられるのは、契約が成された場合のみ。
それは魂となってても可能だ。
だからこそ、お嬢様はあの少年と契約しようと思ったのだろう。あの少年が心から両親の死を望めば……契約出来れば、その瞬間魂は手に入る。うまくいけば労せずして手に入るのだ。
「そううまくはいきませんよ」
人の感情とは複雑なものだ。
愛憎という言葉があるように、愛と憎しみは共に在る事が多い。
愛してるけど憎い。憎いけど愛してる。そうなるとなかなか契約は難しいのだ。ことに肉親となれば。
「以前の虐待児とは比較にならない酷い状況でしたね」
「まったくよ。だからこそ絶対うまく行くと思ったのに~」
逆に酷すぎるからこそ、うまくいかなかったのかもしれない。
「外に出たい、か……」
「お嬢様?」
もっと人の心を勉強しないといけないな。そう思って夜空を見上げていたら、お嬢様の声が耳に届いた。
「私もいつか出られるのかしら──」
外の世界へ。
自由な世界へ。
今まさに外を歩きながら、お嬢様は呟く。
その問いへの答えを期待しないまま軽く首を振って、お嬢様は無言で歩き続けた。
あの少年は箱庭から解き放たれた。
だがお嬢様は──お嬢様の箱庭は、未だ彼女を閉じ込めたまま。
望みが叶えられるその日まで、お嬢様は囚われ続ける──
※ ※ ※
僕は待っている
ずっとずっと待っている
貴女が僕をここから救い出してくれることを
箱庭のこの世界で
きっと貴女が見つけてくれると
僕はずっと
待っている
~第四話 箱庭の少年 fin.~
0
『第4回ホラー・ミステリー小説大賞』に参加しております。気に入っていただけましたら投票いただけると幸いです。宜しくお願いします。
お気に入りに追加
165
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
不労の家
千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。
世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。
それは「一生働かないこと」。
世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。
初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。
経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。
望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。
彼の最後の選択を見て欲しい。
心霊捜査官の事件簿 依頼者と怪異たちの狂騒曲
幽刻ネオン
ホラー
心理心霊課、通称【サイキック・ファンタズマ】。
様々な心霊絡みの事件や出来事を解決してくれる特殊公務員。
主人公、黄昏リリカは、今日も依頼者の【怪談・怪異譚】を代償に捜査に明け暮れていた。
サポートしてくれる、ヴァンパイアロードの男、リベリオン・ファントム。
彼女のライバルでビジネス仲間である【影の心霊捜査官】と呼ばれる青年、白夜亨(ビャクヤ・リョウ)。
現在は、三人で仕事を引き受けている。
果たして依頼者たちの問題を無事に解決することができるのか?
「聞かせてほしいの、あなたの【怪談】を」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
きらさぎ町
KZ
ホラー
ふと気がつくと知らないところにいて、近くにあった駅の名前は「きさらぎ駅」。
この駅のある「きさらぎ町」という不思議な場所では、繰り返すたびに何か大事なものが失くなっていく。自分が自分であるために必要なものが失われていく。
これは、そんな場所に迷い込んだ彼の物語だ……。
SP警護と強気な華【完】
氷萌
ミステリー
『遺産10億の相続は
20歳の成人を迎えた孫娘”冬月カトレア”へ譲り渡す』
祖父の遺した遺書が波乱を呼び
美しい媛は欲に塗れた大人達から
大金を賭けて命を狙われる―――
彼女を護るは
たった1人のボディガード
金持ち強気な美人媛
冬月カトレア(20)-Katorea Fuyuduki-
×××
性悪専属護衛SP
柊ナツメ(27)-Nathume Hiragi-
過去と現在
複雑に絡み合う人間関係
金か仕事か
それとも愛か―――
***注意事項***
警察SPが民間人の護衛をする事は
基本的にはあり得ません。
ですがストーリー上、必要とする為
別物として捉えて頂ければ幸いです。
様々な意見はあるとは思いますが
今後の展開で明らかになりますので
お付き合いの程、宜しくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる