お嬢様と少年執事は死を招く

リオール

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第四話 箱庭の少年

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「あはははははははは!そうだよそうだよ、僕が殺した僕が殺したんだ!お父さんとお母さん、僕が殺したんだよ殺しちゃったよぉぉ!!」

 突如気が狂ったような叫びを上げて、少年は立ち上がった。その体のどこにそんな力があるのか。先ほどのか細い声は何だったのか。そう思えるような力強い声で。

 少年は絶叫するのだ。

「だってお腹が空いたんだもの、喉がカラカラだったんだもの、どうしようもないくらいに苦しかったんだもの!お父さんは毎日毎日僕を殴る、気に入らない事があるといつもいつも!殴って蹴って僕が吐いても気絶しても、やめてと言ってもずっとずっとずっと……!!」

 少年は叫んで、足元の骨を踏み砕いた。何度も何度も、粉々になっても延々と踏み続けた。まるでそこにまだ父親が横たわってるかのごとく。

「お母さんもそうだ、何もしてくれない!ずっと僕をここに閉じ込めて滅多にご飯も持ってこなくて……僕は本当にペコペコだったんだ、死にそうだったんだ!だから殺した!お母さんを殺してその体を……!!」

 それ以上は聞くもおぞましい内容だった。だが少年の口は止まらない。

「お母さんの体はとても温かかった、僕は初めて満たされた気がした、いや、満たされたんだ!」

 恍惚とした顔で少年は一つの頭蓋骨を持ち上げた。それを愛し気に頬ずりする。

「お母さんの全てが僕となった。僕はお母さんというものを初めて味わったんだ。そしたらお父さんがやって来たんだ」

 その光景を見た瞬間、父親は狂ったように叫んで飛び掛かって来たのだという。それはそうだろう、妻が惨殺されて、あまつさえその遺体を息子が──。

「お父さんは僕の首をギリギリと締め上げた。苦しかった、本当に苦しかったよ。吐きそうなのに首を絞められてるから吐けない。でもお母さんを出してしまうなんて嫌だったから僕は必死に抵抗したんだ、お父さんに初めて抵抗したんだ」

 だが既に骨と皮のような状態だった僕に何が出来ただろう。そう少年は呟き、母親の骨を床に置いた。その代わりに自身の両手を呆然と見つめる。

「僕は非力でどうしようもなく弱くて……目の前が真っ赤になって死ぬんだと思った」

 呆然としながら、無意識のように手を彷徨わせ、とある骨を拾い上げた。長細いそれは、おそらくは上腕骨。

「でもね、お母さんが助けてくれたんだ。初めてお母さんが……」

 呟きながら、少年は何かを思い出すように遠い目をする。その時、僕の頭にとある光景が浮かんで消えた。おそらくは少年の記憶。そしてそれはお嬢様も見てることだろう。

 少年の首を鬼の形相で締め上げる父親。その口は汚い言葉を罵り続け、そして最後の力を入れようとしたまさにその時。少年の手に触れた物。

 それが母親の骨だった。

 無我夢中でそれを振り上げて父親に向けて振り下ろした少年。
 非力でも、まさか抵抗されるとは思っていなかった父親にとって、それは予想外の反撃だったことだろう。驚き、首を絞める手の力を緩めるには十分だった。

 首を解放された少年の動きは早かった。

 よろけた父親の頭にまず一発。
 痛みで倒れ込む父親に更に一発、二発……延々と、少年は殴り続ける。

 父親の頭から血が流れ、徐々に動きは鈍くなり──とうとう動かなくなっても、それでも少年は殴り続けた。
 まるでこれまで殴られた分を返すかのように。これでもかと延々と……。殴るのに使用した骨が折れればまた別のを手に取り、そうして延々と殴り続けた。

 最後には血だまりの中、頭の原型が無くなった父親の体がピクピクと痙攣し、ようやく少年は殴るのをやめるのだった。

 僕とお嬢様の頭に浮かんで消えた少年の記憶。それはとてもおぞましく、気分の悪い光景だった。

 だが少年は満足げに笑い、愛おし気に母親の骨を撫で続ける。
 大事そうに抱きながら
「お父さんもお母さんも大嫌いだ……」
 と、矛盾した言葉を呟いた。

 その言葉を最後に、少年は床に座り込んだ。ようやく落ち着きを取り戻した少年の前に、またお嬢様はしゃがみ込んでその顔を覗き込んだ。

「じゃあどうして泣いてるの?」
「──え?」

 言われて初めて気付いたのか、少年は目元に手をやって。そこが濡れてる事に初めて気付いた。

 でもそこに流れるのは涙じゃない。
 それは血だった。

 少年は、血の涙を流していたのだ。




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