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しおりを挟む部屋を出ると、そこには優秀な執事であるユーシアが立っていた。彼は私の背後に目をやってから、私を見た。私の背後とは、つまり今出てきた部屋の扉である。
追いかけて来るかと思ったけれど、まだ現実を把握できていないのかテリーは来なかった。それを確認したユーシアに小さく頷いて、私はその場を後にした。それにユーシアは従う。
ユーシアが付いてくるのを視界の片隅で確認しながら、私はあの日の事を思い出した。
あの日──私を抱こうという愚行に及んだ馬鹿男テリーは、私からの股間攻撃とユーシアによる打撃で馬鹿は気絶するという結果になった。さすがにユーシアの行動は露見すれば問題なので、私が蹴って殴った事になっている。……おかげさまで、侯爵家のエリス夫人は怒らせると恐いと噂になったが……まあそこは気にすまい。うん、気にしない。気にして、ない……(泣
流れてしまった噂はさておき……テリーが気絶したのを見てから、ユーシアは告げたのだ。お客様の来訪を。
かつては侯爵家屋敷の住人で当主だった方が来られた事を。
新婚以来ぶりにお会いした前当主様、つまりはテリーのお父様で私の義理のお父様は、夜分の訪問という非礼をまずは詫びられた。その時点でまとも。実にまとも。なんであんな阿呆が育ったのか理解不能なまでにお義父様はまとも。実はあいつ異星人と交換されて来たんじゃないのと思うくらいまとも。
息子は?と聞かれたので寝室にお通ししたら、伸びてる息子を見て全てを把握したのか天を仰いでから地に突っ伏したお義父様。気の毒。多分年内ハゲるの確定。
しばらく呆けた後、すっくと立ち上がって無言で書類を差し出されました。
その内容とは
一、テリーの侯爵家当主の座を剥奪
一、次期当主は妻であるエリスへと譲渡する
一、テリーは遠い地で己を鍛え直すこと
一、愛人の為に使い込んだ財には返還義務が発生する
一、テリーと愛人は労働により返済義務を課する
一、エリスには侯爵位が与えられる。テリーとエリスが離婚しても、侯爵家はエリスのものとする
といった内容であった。侯爵家現当主は確かにテリーではあったけれど、彼が何の功績も残してないことは周知の事実。そんな彼の言い分よりも功績残して引退した、優秀な前当主様の意見が通るのは……まあ当然の結果なのですよ。というか誰もテリーの意見など聞く気がないから書類出来ちゃったんだけどね。
お義父様からはバカ息子が迷惑かけて申し訳ないと、ひたすら謝られてしまった。なんかこっちが恐縮しちゃうくらいに。侯爵家はお任せください。これまで通りに余生を安心して過ごしてくださいませ、と伝えたら涙流して感謝されたわ。
にしても。
私は振り返ってユーシアを見た。
実に優秀すぎる執事を。
「それにしても、ユーシアまでテリーの事を報告してたなんてね」
「わたくしは元々前当主様にお世話になった者でございます。現侯爵家の問題をお伝えしないわけがございませんよ」
「なるほどね」
「そしてエリス様、今は貴女様にお仕えする者として、当然のことをしたまでです」
その言葉に驚いて目を見張る。
テリーの愚行の数々……それを私は逐一お義父様に報告していたのである。実の息子が阿呆である報告など、どこまで信じてもらえるかは賭けだな……と思ってたのだけれど。前当主様が最も信頼しているユーシアもまた、影でコッソリ報告をしていたなんて。
私だけの言葉を信じたのか、ユーシアからの陳述もあったからなのかは分からないが、前当主様は動き、結果として私は侯爵家当主となったのである。
「私に仕える……?」
「はい。今の私の主は、紛れもなくエリス様、貴女様でございます」
「いいの?」
「なんの不満がございましょうや」
最初は悩んだのだ。侯爵家の血筋ではない私なんかが当主となって良いのかと。
ユーシアの助けなしでは何も出来ていない私なんかが、主となって良いのだろうかと。
けれどユーシア老人は良いと言ってくれる。
「不肖ながらこのユーシア、エリス様のためにひと肌もふた肌でも脱いでお助け致しましょう。……いえ、皆で侯爵家を守っていこうではありませんか」
「……ありがとうユーシア」
本当にありがとう。
でも実際に服を脱ごうとするのはやめてね!シワヒョロの体が眩しいよ!
「さて、と。この地での商談も終わった事だし、帰りましょうか我が屋敷へ」
「はいご主人様」
今、私の胸には侯爵家当主が付ける記章がある。それはつまり、私が侯爵家当主であることを意味する。
非常にスッキリとしたけれど、課題は多い。
臨時の当主代行と、正式な当主では背負う責任感は異なるだろう。
それに当主ともなればついてくるのが後継ぎ問題。テリーの愛人の子を養子に、というわけにもいかなくなった今、私は誰かと子をなさなければならないだろう。
だが焦る必要はない。
私には優秀な右腕がいるし、後継に至っても養子を迎えれば良い。貴族の血筋が連綿と続くほうが珍しいのだ。血筋が変わる事なんて大した問題ではない。
私はテリーの新居となるボロ家を出て、振り返ることなく歩き続けた。
遠い異国での商談ついでにテリーと愛人達を連れてきた。それは随分と日数がかかったのだ。これ以上家を空けるわけにはいかない。
私は港に停泊している帰路の船を見上げて、目を細めた。
さあ、家に帰ろう──
~fin.~
「あ、ご主人様」
fin.だよユーシア!終わらせてよ!
私はガクッとなって、睨むようにユーシアを振り返る。そこにはニコニコ笑顔のユーシア。
「テリー様とはどうされるのですか?もし心を入れ替えられたなら復縁されるのですか?それともさっさと離婚されますか?」
聞かれて、そう言えばどうするか言ってなかったな、とポリポリと頬を掻いた。
だがまあ言ってないだけで、どうするかなんてとうに決まってるのだ。
私はニコリと微笑んで。
「私は──」
どうするか告げた私に向けて。
ユーシアもまた、ニコリと微笑んで頷くのだった。
~今度こそfin.~
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