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「テリー様、お茶をどうぞ」
「ありがとうエリス。キミが淹れてくれたのかい?」
「はい。疲れに効くという茶葉を使用しております。最近お忙しいようでなかなかお帰りになれない旦那様のために、評判の良い物を調べて取り寄せました」
「そうか、エリスは優しいね。それだけで俺の疲れは吹き飛んでいくよ」
「ふふ、そう言っていただけると嬉しいです」



チチチ チュンチュン



 朝チュンと共に目覚める。目を開いて横を見ても、そこには誰も居ない。当然だ、私は随分前から広い寝台で一人眠っているのだから。かつて共に寝ていたあの人は、昨日も帰る事はなかった。

「……朝チュンってこう……なんていうか色気のある場面からの転換に使われるんじゃなかったかしら」

 どう考えても今の私は色気とは程遠いのだけど。まあ雀がそんなこと気にしてチュンチュン鳴くわけないのだろう。

 かつての私とテリー様。かつてのラブラブ夫婦だった頃の夢。良い思い出のはずが、現状のせいで最悪の思い出となった新婚の頃の夢を見た。
 ……最悪の夢見からの朝チュン、だ。まったくもって爽やかな朝ではないけれど、夢のせいで気分悪い一日を始めるのは勿体ないので切り替えよう。

「う~ん、今日もいい天気ねえ。……たまにはお買い物でも行こうかしら」

 大きく伸びをして窓の外を見やる。カーテン越しでも太陽の存在が感じられた。
 そういえばここのところ仕事が詰まってて引きこもっていたっけ。夢見も悪かった事だし、たまには気分転換も必要かもしれない。
 どんなに忙しくとも休息は必要というもの。
 決めた私は今日の予定をユーシアに伝えるべく、着替えるために立ち上がる。

 直後、メイドが扉をノックして入って来た時に

「旦那様がお戻りになりました」

 と告げてきた瞬間、最悪の朝だなと罪のない雀を恨みたくなったのだった。



* * *



「お帰りなさいませ、旦那様」
「やあエリス、久しぶり!随分お寝坊さんだね、いい天気なんだから早起きしなくちゃ!」

 知るかそんなこと!少なくとも朝チュンの時間に起きたわい!そもそもこっちは昨夜遅くまで仕事をしてたんだ。一段落ついたのが何時か知ってて言ってるわけ!?

 何もせずに愛人宅に入り浸ってる男の言葉にイライラするも、それでも一応の当主とくれば怒るわけにもいかない。
 久々の執務室に居座る旦那様に、私はとりあえず引きつった笑みを返しておいた。

 それにしても本当に久しぶりな気がする。前回帰って来たのっていつだったかしら?たしか……半月ぶりだったかしら?もはやどうでもいいので覚えてないわ。

「今日はどういったご用件で?」
「あはは、笑わせるなよエリス!用件なしに自分の家に帰ったらいけないのかい?」

 あはは、笑わせるなよ馬鹿旦那様!外での用件がない時だけ家に帰る阿呆の居場所なんて、この家にはないんですよ!

 とは言えないのが悲しい。

「そうですか。それでは朝食を用意させますね」

 出来れば一人で食べて欲しいのだけど、これは一応一緒に食べる必要があるわよね。一応夫婦なんだから。一応。今なら腹痛大歓迎。違う、旦那様のお腹に菌の攻撃ゴー。

「ああ頼むよ」

 ……まあそんな私の願望が届くわけないんですけどね。知ってた。

 返事を受けて私は執務室を後にするのだった。

 にしても執務室、ものすっごい綺麗に片付いてるわあ。山がないから旦那様も登ろうとはしないのね。



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